編集後記
ホーム | 最新号紹介 | バックナンバー | ねこ新聞のあゆみ | 味読FAQ | 富国強猫 | 編集後記 | リンクサイト | グッズ | 購読のお申し込み

【2008年9月号】

◆この世、何が何んだか判らない時代にみななってしまった。茫然自失の二人の中学生が現れた。さて次の「新人類の誕生は」と猫にうかがいたくなる……。

◆わが100号では……マスコミ報道で小さい〈町の有名人編集長〉をつくりあげられたようだ。

◆東京電力の検査員のおじさん、開口やにわに、「表札に『ねこ新聞』とありますが、こちらはあの有名な『ねこ新聞』の原口さんのお宅ですか。ねこ好きな妻と新聞を見ました」ときた。近所の焼き鳥屋の親爺さん、数度しか買ってないのに道で妻の顔をみるなり、「新聞に出てましたね。見ましたょ。スゴイデスネ」には、腹を抱えて笑ってしまった。

 (猫生)

【2008年8月号】

現代行き場を失った魂と、それらを癒そうと取り組む、版画家・宇田川民生作『名曲を名器で奏でる猫』(本紙4ページ掲載)について

◆ヴァイオリンは、あるいは英語でフィドル(FIDDLE)ともいい、世界の名器−「ストラディヴァリウス」を指すのである。(参考『ROGETS'T THESAURUS』)〈言葉探しの日本語大シソーラス〉……そのこころは、今ここで改めて説明するのも野暮だが、猫ちゃんは可愛いがれば可愛がるほどいよいよ食べてしまいたい位、可愛くなってゆくでしょう。猫が秘めた「名器で名曲を奏でる天才猫にはなる」という粋な現代のおとぎ話。

◆宇田川民生さんの音楽シリーズ版画(はがきサイズ)は現在15点あります。希望者は直接お申込みください。
電話048-958-7807 HP:露草庵

◆秋葉原通り魔殺人事件の青年は失意の末、コンピューターの密室で孤独の底に沈み凶行に走ったという。また、野良猫に餌をやっていたひとの殺人事件。

◆何れのひと達にも「天才猫」の演奏を聴かせてみたいものだった。嗚呼。 

◆100号記念号のお礼 記念号発行後、多くの読者や知人からお祝いのメッセージやお心尽くしの品々をお贈りいただき、感謝申し上げると共に身の引き締まる思いです。
ありがとうございました。

 (猫生)

【2008年7月号】

猫のお腹やペンギンから
今「温暖化問題化」を考える


◆南極の氷河が崩れてゆきペンギンが逃げ場を探しているとか、世界中で温暖化問題はかまびすしい。

◆朝晩の気温の異常変化に敏感に反応し…わたしの横のベッドで寝ている二媚態。恥じらいもなくお腹を丸出しにハアハアと寝ている猫のお腹の呼吸を横目で見ながら、昨今の気候の変容ぶりには、「もうこの問題は鈍感な人間では及ばないらしいな」と猫たちのささやく声が聞こえてくるようだ。

◆ぎすぎすしい時代だから、せめて猫の姿でもみて、猫のようなわが国のふくらみのある詩文固有文化を産み出す「気配」とか「空気感」を持つ余裕をも持ちたいと思う。

 (猫生)

【2008年6月号】

「呱々の声を上げて100号」の御礼


猫文学という名の世界にも無類の、人が足を踏み入れたことがない境地で、わがマイスター魂が刺激され――。

 深く前が見えず、孤独で怖さもある神秘的な森の中の旅人になり……迷いあまたの抱えた病に堪え泣きながら「経済本位ではなくアート優先主義」の前に辛苦に堪え、そのうち神風だって吹くさ……と広告ナシ貫徹。

 私の「窮せざれば通せず」とする"哲学"が頭をもたげ、「人と猫とが織りなすほの温かい人生模様」の滋味に惹かれ、もがき苦しみながら、未到の道なき道を先へ先へと奥深く歩いているうちに館をなす100号のマイルストーンに至りました。

 この記念号の表紙の巻頭文をエッセイストクラブ会長の村尾清一さまにご寄稿いただき、両雄立つように、関野洋作氏(2008年1月号表紙画)が、世界的版画家・父上の関野準一郎氏の版画作品「猫と少女」をお貸しくださった。その刷り番号(ED)が100/100。ご子息の洋作氏もそれには気付かずにお送りくださったとか。50年以上も前のすばらしいモダンな作品が100号記念号に合わせたような偶然、文字通り神さびることだ。

 『ねこ新聞』には、どこかで神の手が祝福してくれているのかと感涙した。

 関野準一郎氏の遺した「輪廻転生」という短い詩が印象深い。


 大地は母だ。死ぬことのない母だ。
 世界は君の足の下に生きている。
 二十億光年も。
 若い人、苦しい人、さまよえる小羊、失意時々、よき人との邂逅。
 老人−−よきワインの如くまろやかな人間。
 この土の上に次々に生れてくる人間、波、波、波、白い顔、黄色い顔、黒い顔、皆、異う顔、……。
 生命の樹、ここにも、かしこにも、海の向こうの遠い国々にも。足が動く限りは訪ねたい。


 これまで応援くださった読者のみなさま、見守ってくれるねこ達に心から感謝を申し上げたい。これからも余命を掛け妻と二人三脚、『ねこ新聞』を創り続けるつもりです。

 購読者拡大に向け今一層のご支援をお願い申しあげます。

 『ねこ新聞』編集長 原口緑郎

【2008年5月号】

館をなそうとする100号に向かう折……

◆3月11日に打ち上げられ、無事に帰還した米スペースシャトル「エンデバー」。私はNASAの正式な招待を受けながら、現地での発射見学は断念せざるを得なかった。

◆日本人宇宙飛行士土井隆雄氏よる日本初の有人宇宙施設「きぼう」の取り付け成功に、我がことのように感激した。
有人拠点からの歓びの声"日本にとって新しい、すばらしい宇宙時代の幕開けです。皆さん。おめでとうございます"を読者の皆様とともに悦びたい。

◆その間、わが紙の「独創性」が……。
2005年2月12日付け ヘラルド・トリビューン紙(ニューヨーク・タイムズ社発行)に書かれた『ねこ新聞』の英文記事が、フランスの映画監督の目に留まり、ドキュメンタリー映画『人間の鏡としての猫』を主題とする取材の申込みがフランスから入った。
ヨーロッパ文化テレビチャンネル「Arte(アルテ)」で映画監督、大学教授でもあり、「猫と人間の遺伝を配合したら、人間はもっとよくなるだろうが猫は退廃するだろう」(マーク・トウエイン)と固く信じる女流監督である。
前記の主題、すなわち「猫と人間の関わりと現代社会について何を反映しているのか」にフオーカスしたいと先日、日本側取材企画担当者のフランス人が来社された。

◆文字通りわが意を得たりだ。"新しい猫の幕開け"だ。

 (猫生)

【2008年4月号】

◆100号を目前に、「人間社会」を改めて考えさせられてしまった。眼にも耳にも、餃子のように口からまで飛び込んでくるのは暗く天を仰ぐ話ばかりだ。

◆その点、猫は可愛い。カワイイかわいい。猫は黙って座っているだけでもかわいい可愛いとわが家の猫たちはいわれている。私など、ベッドに乗ってきてゴロンと甘えてくれるだけでヨダレを流さんばかりにメロメロである。あなたの猫もそうでしょう。パソコンキーボードを走って原稿をガタガタしてしまうことだってあるけれどもね。

◆猫のふしぎな「霊力」については、昨春出した拙著『吾輩のご主人―天才は猫につくられる』(河出書房新社)で正岡子規門下の歌人伊藤左千夫の歌などを紹介しているのでご参照ください。

「猫の頭撫でて我が居る世の中のいがみいさかひよそに我が居る」

 (猫生)

【2008年3月号】

◆100号を目前に、やがてそれは初志の通り燎原の火のように『猫文学紙館』の建立かなと口先に乗せはじめた矢先に、「ねこ新聞では珍しいねこ文学が読め楽しい」というお便りが雪風に乗ってくるようになり、さらに思いがけず読者である放送大学・発達と教育専攻岡庸子さんから『ねこ新聞』を毎月読むうちに、「作家や画家など創作芸術に携わる人には猫好きが多いことを知り、猫を飼っていた作家には自殺者がいないことにも気がつく。(後略)……」と研究をはじめられ、『漱石と芥川龍之介』――その文学と死の形態との関連で考察――という立派な論文を参考までと送っていただき、編集長冥利につきる。

◆相変わらず閉塞感が蔓延し金と殺人が飛び交う暗い昨今、今月号紙中の名エッセイスト熊井明子さんの文中に、輝く猫の救いと光をみました。

◆少女雑誌『ジュニアそれいゆ』で活躍され昨年七十四歳で逝かれた内藤ルネさんと親交を交わした素顔のお二人の"まなざし"に涙したのです。……文中より『猫を愛し信頼するように、人間に接していたルネさんは、晩年に詐欺の被害を受け財産の殆どを失った。「ひどい目にあったの。くわしく話すと、明子さんの耳がけがれるから、また、いつかね…」結局、直接お聞きすることはなかった。いやなことより、美しい人間、愛らしい猫、めずらしい物のことを、まず語るルネさ んだった……』と。

 (猫生)

【2008年2月号】

◆蝉の中身はなくて外側の包みだけ残ったもののことを、「蝉のぬけがら」という表現があるが、わたしはみるみる食欲がなくなり、精根尽き果て、生きる元気もなくなった……。 身体(からだ)も魂もつきたのかと感じるようになっていった。 結婚41年記念日・11月25日の早朝、気分が悪くなり、大量の血を吐き真っ黒な便をだし救急車で入院しました。 胃潰瘍でした。10日くらい入院して胃潰瘍の治療を受け退院。

◆妻は「なぜ私が胃潰瘍にならなくて貴方なの? 私のほうが苦労していると思うのに。貴方って意外と繊細なのね」と言うので、「繊細くらいでないと文章は書けない」と言ってやった。

◆現在、内外前人未到の『猫文学紙』100号の発表を準備しており。

 (猫生)

【2008年1月号】

あけましておめでとうございます。

◆今年の6月には『ねこ新聞』100号の刊行達成の予定です。 内外に軍靴の足音が高く聞こえて来る中、 1994年に呱々の声を上げみなさまに後押しをいただきながらそのストーリーは、数奇の病が重なり血涙を流しながら苦しい連続の日々でした。

◆根っからの平和主義者〈富国強猫−猫がゆっくりと眠りながら暮らせる国は心が富む国という〉のわたしは、世界前人未到の最高峰「猫文学新聞」を登頂した気分になっております。

◆昨年は拙著『吾輩のご主人』(河出書房新社)を発刊し、米国NASAからスペースシャトルの打ち上げ見学への正式招待状をいただき良き年でした。
本年もよろしくご支援ください。

◆閑話休題。 昨年晩秋…妻温泉へ。わたしははからずも骨休めに羽田近くの新設の文字通り、「未来型福祉施設」へショートステイに行く羽目になった。建物へのアプローチ界隈を車で走りながら、〈未来の福祉経営者の顔〉が見えるようでだんだん驚かされていった……。
すなわち、東京の大田区・羽田空港近くの工場群の隣接地に対極だろう「こころを癒す」福祉施設を建てるというその大胆な立地には経営者の慧眼(けいがん)が光っているようだった。

 編集長 原口緑郎  (猫生)

【2007年12月号】

十二月編集後記最新版
『わが至誠NASAに通ず』 スペースシャトルSTS−123(1J/A)
打上げ・着陸見学のご招待

◆さる10月7日、ヒョッコリ、宇宙航空研究開発機構・有人宇宙技術部(アメリカNASAケネディー宇宙センター)から編集長の私宛に「私たちSTS−123クルーは、このアメリカに於いて最も素晴らしい業績の一つである宇宙計画に、皆様をご招待できることを大変光栄に思います。エンデバーの打上げが、皆様にとって良き冬のイベントになりますよう心より願っております」と打上げ・着陸見学の招待状が届いた。

◆2008年2月14日打ち上げ予定の米ス ペースシャトル「エンデバー」に日本人宇宙飛行士土井隆雄氏が搭乗する。日本初の有人宇宙実験棟となる「きぼう」の組み立てを担当するという。

◆夫人の土井ひとみさんに『ねこ新聞』2004年2月号で「星の子ネコ」を寄稿頂き、それ以来当紙をお贈りしていたことから、今回の『見学招待状』につながりまったく仰天した。

◆ところで10月号の表紙画を今一度ご覧いただきたい。藤岡しんたろう氏の「星のお話」です。 夜空の美しさと宇宙への夢のような作風に惹かれ、当紙では珍しいメルヘンな表紙画だが10月号か11月号かと思案の末10月号の表紙に掲載したもの。読者の方々に発送して数日後この招待状が届いたというわけです。

◆なんという夢のようなすばらしい偶然なできごとだろうか。 ご招待は、自前での現地フロリダ集合なので私の体調や諸般の状況もあり…打上げ見学は断念せざるを得ないが、『ねこ新聞』の夢や想いが宇宙にまで届いたような気がし感極まりました。

◆続いて表紙画家・藤岡しんたろう氏から 次のようなFAXが入った。

表紙画の下の詩との組み合わせがピッタリでとても気に入り、表紙を光にかざして見ていたら裏(2頁)のネコが「空の窓」からのぞいていて作品の中の女の子がそのネコに手をふっているように見えます。虹がネコにかかり「手品みたいな『ねこ新聞』」と感激しました。

とあった。もうすでに『ねこ新聞』の猫たちは宇宙に行っているようだ。


どうして俺は今までこの高い空をみなかったのだろう?今やっとこれに気がついたのは、じつになんという幸運だろう。そうだ! この無限の空以外のものは、みんなくう空だ、みんな偽りだ。 トルストイ『戦争と平和』より

(猫生)

【2007年11月号】

こぼれ話

『ねこ新聞』の"ざしきわらし"

◆NHKの朝の連続ドラマ「どんど晴れ」が好評のうちに先日終了しました。

◆岩手県の180年つづく老舗旅館を舞台に、ヒロインの若女将修業と外資系企業の乗っ取りの画策に、旅館が大切にしているモットー「おもてなしの心」に感動したお客様や周りの人達に助けられ家族が力を合わせ、無事に乗りきるという物語です。

◆毎朝、主人(編集長)と楽しみに見ていましたが、終盤のクライマックスを見ながら「『ねこ新聞』も同じことね。読者の方々と「猫のご縁」を通し「心の交流」を大切に本物志向精神を忘れず一生懸命新聞をつくっていれば、何が起ころうともきっと周りの方々が助けてくださる、奇跡はきっと起きるのですね」とわが社に置き換え二人して語り合い涙した。

◆昨年10月に『ねこ新聞』にもこんなことがありました。 インターネット上の「ボーガスニュース」というサイトにこんな記事が書かれたのです。―― インプレスが「月刊ねこ新聞」買収・シナジー効果めざす IT関連出版社大手のインプレスホールディングス(本社:東京)は11日、ねこ愛好家に根強い人気を誇る「月刊ねこ新聞」の出版元である有限会社猫新聞社を買収することを明らかにした。取得金額はねこ缶1年分。買収後も社名や出版物のブランド名はそのままとなる予定。従業員2人と4匹の雇用も持続する。(後略)

◆この記事を読み、ブラックユーモアとはいえ、はじめビックリしかしドッキリ。つづいて大笑いしたことがありましたので、「どんど晴れ」を見て、規模の大小、置かれた環境など違いはあるけれど、貫く精神は同じこと。他人ごととも思えず、やはり「まごころは天に通じる」と感じ入りました。

◆物語では伏線に『遠野物語』にも語られる幸運を呼ぶといわれる"ざしきわらし"が登場しました。 さしずめ『ねこ新聞』の"ざしきわらし"は愛猫、タルホかコウちゃんでしょうか。

(副編 美智代)


◎今月はパパの虫のいどころが悪く、代わりにママのおはなしです。パパの体調が悪くなったのではないのでゴアンシンください。 (コウちゃんより)

【2007年10月号】

平成吟遊詩人

◆『ねこ新聞』が復刊した当時、コンピュータエンジニアで朝に夕に助けてくれた、脇谷じゅんじ君が二足のわらじを脱ぎ念願のアフリカ太鼓奏者として活躍をはじめた。

◆本棚の中から顔をのぞく星新一、井伏鱒二、哲学者梅原猛、禅の大哲人鈴木大拙、三島由紀夫、英国の大作家ジョージ・オーウェル、中国からは大詩人魯迅。中世からは『お伽草紙』の猫とねずみ等マカフシギな顔ぶれの集まる我輩の漆黒の構想密室で、研ぎ澄まされたドラム・わきたにじゅんじとピアノ・佐藤金之助、ベース・重廣誠らの余情ある美しい世にも稀な太古の『神々の儀式』のような演奏を浴びるように聴き深く沈んだ。

◆…それは筋たてのない一種熱病に冒されたような即興演奏は、比類なく切れ味美しく狂気乱舞に至り…わたしは引き込まれ息を詰め身じろぎせず聴いてしまった。そのうちに…ひそかに微妙に陰影のある虫の羽音が聴こえてきたり、やがて、胸に「生命(いのち)の声」が響きはじめ、魂たちが密室に漂いはじめ、そのひとつは「私の骨の髄に棲み始めワタシの痛みを鎮め」思わず唸った。私は感極まり、そして考えた。「脇谷らは音楽家であると同時に現代の吟遊詩人だ」と。

◆また一人『ねこ新聞』の子供が大空に羽ばたいた。

(猫生)

【2007年9月号】

遅れてきた大物・魂の画家島村洋二郎

◆彼がスペインからパリへ出てきた頃であった。ランプの油が買えなくて、屋根裏部屋で蝋燭の灯で売れない絵を描いていたといわれた若い頃であった。―それは瑞々しい叙情的絵画群『自画像』『青い街角』『青い食卓』などいずれも人間世界の悲しみに立ち尽くすひとたちを描いたといわれた時代の貧乏画家パブロ・ピカソ。

◆ピカソが人間世界の哀しみを表現した『青の時代』と、画集から見る傑出した島村洋二郎の深い哀しみを包み悶える『青』が音をして交叉する。二人の天才の「魂」が時流を超え歴史的な邂逅をしているようだ。

◆「最近の絵はどれも良くない。絵描きがあまりお金に困らなくなったから。いつも同じような絵ばかり描いている。親しかった貧窮の長谷川利行(はせがわ・としゆき)のような絵描きはいませんね。絵は貧しい時代ほどいい絵が生まれます」。画聖・熊谷守一はこのようにも表現していることを思い返してください。

◆若くして失意の内に肺結核で逝った島村氏は『ねこ新聞』で不思議なめぐり合わせをしている。

◆読者の島村直子さんから伯父の作品と送られてきた写真に強く心を動かされ、すぐ作品を拝見し急遽彼岸月の9月号に採用した。偶然選んだ、表紙下の詩人高橋新吉氏とは、資生堂での「筵上会」展に共に出品しており、『ねこ新聞』紙上で60年の時を経て再会した。また島村氏は大森馬込に一時下宿をしていたとあり、旧地番を調べたところ現地番は何と当紙と同じ南馬込一丁目であった。そして最後まで、「絵をかきたい」といい続け亡くなったという病院は、私がリハビリでお世話になった印刷局東京病院であった。やはりこの世界は魂がどこかでつながっているのだろうか。

(猫生)


*島村氏の精神性に関心があれば、宇佐見英治編『恋の絵画/島村洋二郎画集』(用美社)。宇佐見英治著『芸術家の眼』(筑摩書房)(再録)

*長谷川は洋画家で、貧窮無類の表現主義的な奔放な筆致で下町や人物を描き、画壇の時流に乗らなかった。しかし人気はあった。

【2007年8月号】

美しい国ではなく信用できる国を

◆蒸し暑いたまの日曜日朝にはNHKの『小さな旅』のようなゆったりとした時が流れるしずかな番組の内に包まれたくて、無造作にテレビをつけたつもりが…たちまちウルサイ夏祭りの神社のお化け小屋のような、「エーいらっしゃいいらっしゃい」と呼び込む"奇奇怪怪話"に打たれてしまった。

◆こんな説もあったけ。 過日、『美しい国でなくとも信用できる国をつくってほしいわあ!』と叫んだ普通のおばさんの重い名言を思い出し噴き出してしまったっけ。

◆その名言には…横でうたた寝していた猫たちからも、思わず「ニァ」という声を出して笑う、気だるい酷暑の昼下がりだ。

(猫生)

【2007年7月号】

わが国の光と翳

ままならぬのは不穏な気候だけではなさそうだ。思いつくままに、わが国をとり包む光と翳を記してみたい。

◆わが国では、恰も有識者『教育再生会議』が開かれていた直後、嗤うように17歳の高校生が、殺した母親の首を抱え警察に自首した。何故と理由を問われた彼は冷徹に、「別に?!」と答えたという。 『教育論会議』面々の気色は存じませんが……。

◆若い人といえば、私は週3回、在宅入浴サービスを受けているがこのような仕事をよく選んでくれたと頭が下がり、若い介護福祉士にはいつも関心がある。ところが一〜二年ほどで辞めてしまうひとが多い。最近の新聞報道にもあるが、病人や障害者に休みはないので、労働時間が多い上に休日もまともに取れず、その上賃金が安いのが理由らしい。世界最大の老人社会に達したわが国にとって、真面目で意欲的な青年たちに途中で意欲を失わせる制度には、まったくもってモッタイナイと思うのである。

◆ところで、夏場所に光るのはケレンミなく闘う奄美半島出身小兵関取「里山」。彼は父親指導下「真っ向押し取り口」が目立つ。私好みのその取り口と私の真っ向取り口人生を重ねているのです。ゴッツアン。

◆わが家では昨晩、兄貴猫のタルホが嬉しげにくわえてきた一匹の野鼠で、妻の悲鳴と妹猫コウちゃんとの興奮で上へ下への大騒ぎの「光の坩堝」となった深夜であった。

(猫生)

【2007年6月号】

『吾輩のご主人―天才は猫につくられる』に寄せて

◆連日殺気立つ出来事の谷間のある日のけだるい昼下り、八十代がらみの老婦人の大声が発する「あんた知ってる、300円饅頭のおじさんのこと」にみるみる大きな食欲というカタチの輪ができました。 わたしもその輪の外れのひとりでした。 特売日にはさらに100円引きとかで長蛇のひとが並ぶと聞き及び糖尿病のわたしは秘かのつもりがググッと唾を呑み込み、次の瞬間……統一地方選の前長崎市長の無念な死が脳裏を横切った。

◆また「おれ達ら、どうせ貧乏だってええのよ。命をかけてこの自然を子供たちのために守るよ」という高知県東洋町の高レベル放射性廃棄物最終処分場を撤回するという陽焼した皺だらけの猟師たちの「無告の民」の顔と叫びが聞こえ、胸を打ち魂ここにありとおもった。

◆わが東京・蒲田商店街饅頭屋の心意気ぞよろし。わが哲学派ねこたちは春風駘蕩の態。「富国強猫」だって。

◆みなさまその真意は富国強兵から来たのですヨ。 エヘン!

発売中 編集長(猫生)の初の単行本 『吾輩のご主人―天才は猫につくられる』
著者 原口腰Y(猫生)
装幀 和田 誠
出版 河出書房新社
定価 1800円(税別)

(猫生)

【2007年5月号】

『吾輩のご主人―天才は猫につくられる』に寄せて

◆「われ生きるにあらず、キリストわが内に在りて生きるなり」といっていたというキリスト教のパウロの口をかりると「わたしの車椅子を運転する旅路は、黒い病在り血涙が流れるものであった」。

◆鋭利な刃物が半身不随の体内に棲み、無慈悲に暴れ走り回り、わたしが修験道に入り、人知を超えようとすると、やつの逆鱗に触れ、そいつはわたしに発作を起こさせ人事不省に陥れたりもするのです。

◆生理的恥じらいや惨めさやしくじりを続け「このウスノロメ」と己を罵倒してみてもはじまらない。

◆その実、「男の沽券」を失い、密かに「男の悲哀の涙」を流しながらきましたが、わたしに宿るであろう「猫の霊力」と「妻の銃後の守り」に支えられ、今回の初の単行本『吾輩のご主人―天才は猫につくられる』発刊にまでたどりつけたのです。

◆わたしたちの心の収支は…みなさまの評価を静かに待つのみでございます。  どうぞよろしく。

(猫生)

【2007年4月号】

◆6年前に『ねこ新聞』を復刊してから、折々に「愛猫家列伝」と題し、ある人物と猫との物語を書いてきた。 それが評判を呼ぶに従い、その群像を一冊の本にまとめたいと膨らんでいった。 痛む体をだましだまし2年ほどかかり、それに加筆、加章し、猫の霊力に押され、やっと一冊の本にまとまり、この5月に出版の運びとなった。

(猫生)

『吾輩のご主人 ― 天才は猫につくられる』

今日には稀になった、"ひとつの道を極めた天才的なご主人様と猫"との感動的な物語を裏面史から発掘し綴りながら、暗い事件が続き、物質主義や拝金主義が蔓延し、憂国の情がわが国に広がる中、そして国づくり、人づくりについてかまびすしい時代だからこそ、とりわけ独創的な、本のタイトルに相応しいというか達意のひと達の素顔を取り上げた。

本書に登場する[ご主人]たち 南方熊楠  稲垣足穂  岡倉天心  茂田井武  熊谷守一  春日部たすく 
               津高和一  リンカーン  シュバイツァー
  著  者  原口緑郎
  出 版 社  河出書房新社
  定価本体  1800円
  装  幀  和田 誠


【2007年3月号】

戦場の独眼か「心の開眼」か

◆風林火山の独眼・山本勘助は戦場で命を賭した。わたしは、昨年師走に白内障で両眼の手術を受けました。術後一時、又人事不省に陥り、病室では看護婦と暗闘を演じ疲れました。妻には心配をかけただろうか、年末に妻は寝込んでしまった。・・・猫たちとわたしら一連の待遇は明らかに冬空模様のように冷えていきました。しかし、わたしの眼はよく見えるようになった。

◆もとより「猫の霊力」が宿る世界にも比類のない『猫・文学紙』へ向かうわたしは、「ココロの旅路」をと改めて開眼し心に太く記したのです。

(猫生)

【2007年2月号】

寒中お見舞い申し上げます。

チベット仏教の生き神様ダライ・ラマにお言葉をいただきました。
「人類が生き残ることを希望するなら、幸福と心のバランスは不可欠な要素になります。さもなければ、わたしたちの子供たちは、不幸からくるより大きな絶望感に襲われ、短絡的な行為に走るようになるでしょう。物質的な発展が幸福と快適な生活の一因であることは、ある程度確かなことです。しかし、それだけでは十分ではありません。より深い段階の幸福を得たいなら、内面的な成長を無視することはできないのです。」

――『聞き書き ダライ・ラマの言葉』松本榮一著(日本放送出版協会)文中の「ニューヨーク・タイムズ紙」に語った言葉より

編集長 原口緑郎

【2007年1月号】

明けましておめでとうございます。

◆編集長12月3日読売新聞日曜版に登場

【2006年12月号】

◆『台風一過』と胸を撫で下ろしていたら、北朝鮮の「核実験」発表で 世界知性の制裁を巡る「白昼夢」に彷徨いはじめたとき、やおら広島原爆の悲惨、そして地獄の苦に堪えられなく泣き叫ぶさま〈阿鼻叫喚〉の人々を描く井伏鱒二の名作『黒い雨』の調べが聴こえてきた。

◆つまり、原爆の悲劇はね、生きとし生けるすべてのものに呪いのどす黒い死の雨となり降り刺さるのだョ≠ニ。

◆当時、神戸で医者をやっていた父は、被災地・広島に医療団として派遣された。何かに怯え、魂が抜けたような父の肉声で家族に語った現実が今も耳の深くに残り忘れられない。「腰Y、全身火傷でただれた群集が、悲鳴を上げおかあちゃん!と叫び夢中に競って重なって近くの川に飛び込んでいたんだよ。」その父もその後、体の不調を訴え続けた。

(猫生)

【2006年11月号】


◆風雪に堪え、猫たちを抱きながら、祈り喘ぎながら、お互い身も心も削りながら、また祈り二人の傷口をより暖かく舐め合い、みなさまに応援されながら、十一月二十五日には、とまれ結婚満四十周年を迎えます。

◆三十周年の時には医者に再起不能といわれ、静岡県の中伊豆温泉病院で迎えたことを想い返せば、隔世の感があります。

◆私は、たまに余りにうるさい妻に向かい「荊妻だ!」「荊妻だ!」と叫ぶような無粋な男でもある。バラの花にも棘があるという原口現代流喩えだ。

◆われわれのある夜の風景は、「一杯をやりながら近所の天下の餃子とメンマ≠取り寄せ、ふたりでうん旨いなうまいなと鼻を鳴らし愉しみながら夜の食堂で展開する、『ねこ新聞』編集会議の風景があり、ある意味では〈老境の同士になった〉ふたりのたどった四十年の年輪の風景だろうか。

◆また近年は、猫を加え、われわれの夜の風景は、「時計が止まったようにゆったりと滋味深く流れ、雑念を忘れるかとおもえば突然、二匹の猫の怒涛のように走り回る轟音に、空気も凍る夜もないわけではないのですよ。・・・アーア」。

(猫生)

【2006年10月号】


◆戦後六十一年、うだるような異常に暑い夏の日が続く連日連夜に眠りにおちないまま猫生はふと〔汚れを知らぬ、戦う二人の少年たちの哀歓〕を考え直してみた。

◆「ひとりの少年たちは、赤紙を恐れおののきつつも、無念にも戦場に駆り立てられた少年たち」とその家族のたどった宿命。「もうひとりの少年たちは、純粋に白球を追う甲子園の少年たちの死闘のドラマ」をみました。

◆泣きました。

◆政治家の真似して、靖国神社を軸に不毛の論争はよしておこう。横で寝ている猫にもわるいからね。(富国強猫)

◆小紙が寄稿いただく歴史家作家・半藤一利氏の近著の右におきたい決定版『日本のいちばん長い日』(文春文庫)の序文でさすがに的確なことを書いておられるので敬意を表してお借りしておこう。
「今日の日本および日本人にとって、いちばん大切なものは平衡感覚≠ノよって復元力を身につけることではないかと思う。内外情勢の変化によって、右に左に大きくゆれることはやむをえない。ただ、適当な時期に平衡をとり戻すことができるか、できないかによって、民族の、あるいは個人の運命がきまるのではあるまいか。」・・・後略。

(猫生)

【2006年9月号】

編集中記

◆大正十二年七月に出版された生方敏郎の、今は古本でもめったに手に取り読めない当時の話題作『敏郎對話 一圓札と猫』の序文で・・・〈今の批評家先生達は小説以外の文学を殆ど認めないといった様子であるが、昔の本を見ると、『論語』をはじめ、『孟子』『荘子』でも、ギリシャには哲人プラトー等も対話集がある〉・・・と彼が慨嘆しているように大正時代の―奇想天外な作品―をわが国の拝金どもの狂い咲く季節に、今月の本紙で部分転載した。

◆歯切れのよい東京弁の口語体で、大人の御伽噺のような、舌鋒するどく、猫(芸者ではありません)が一圓札を揶揄し、札も反撃する大ユーモア作品を現代の世相と重ね合わせ、笑い飛ばすのも秋風が立つ一風物詩かな。

(猫生)

【2006年8月号】

猫も呆れる鉄面皮な男三態

◆「金儲けの何が悪い!」と息巻くやな男。「社内服務規定に触れていない」と言う、ひとのよさそうな日銀の総裁。その弁解に忙しい小泉宰相。 猫の常識と人間さまの常識がかけ離れているらしいので敢えて猫からの「寸鉄」を差し上げよう。

◆はじめに、猫は金にはそれほど心をひかれることはございません。

◆法に触れなければ何をしてもよいとか、服務規程でやっていると顔色を変えて弁解がましいことはいいません。われら猫族は「本能的にいつも〈猫の分別〉を知って行動しておりますとも。猫は自尊心が強く、〈見識ゆたかな動物だ。・・・・二ャン〉」。

(猫生)

【2006年7月号】

生方と深澤とそしてうちの猫の閃きなど

『一円札と猫』という「奇想天外な風刺のきいた生方敏郎の・・・一円札と猫とが対話する」という作品を書いた大正時代の天才的ユーモア作家の他の作品を発掘しながら、その才智の深層に想いを馳せつつ今月の表紙画の作家深澤琴絵さんを考えてみた。

こりゃ超俗的で努力や理屈や計算など日常性を超え、現代人が退化してきた原始のヒラメキ≠フなす詩情豊かな美しさを表現する魅力だ。それが芸術の精髄なのかと確認させられている。

(猫生)

【2006年6月号】

猫からの「引越し祝い」

猫たちが集会を開くという話は知っているし、最近、都会の庭先に狸も出没するとニュースで聞いた。

世が世ならひとさわがせな闖入者がいるものだと怒るところだが、みょうに納得してしまった。

引越しの三日前、わが『ねこ新聞』新居の天井裏に工事の隙に通気穴から入り込み、その穴をふさがれてしまった先住者がいるとは……ね。

戦後の実家の天井では[鼠を]追っかける大活劇が展開するのが日常茶飯事であったから、その程度の事件は慌てないと言いたいところだが、威嚇する二階のねこ達の気配で気づいたが二日ほど居たらしい。

お土産の匂いが出て騒ぎを大きくした。結局お出ましいただき、天井に新たに点検口をつくり始末した。"運"が輪をかけたという話だ。先住者が移転先では飼えぬので泣く泣く置いていった野良らしい。

引越しの翌日、その猫が家内をじっと観察していたという。


引越しから新居の異様な気配に怯え、泣き続けるタルホをみて困ってしまった。しかし、翌日にはタルホが外に飛び出し大騒ぎはしたが、主人の騒ぎはよそに、呼び叫びしているうちに、周りを散策して帰ってきた。けろっとして安心して寝ている。かわいいものです。 ここは前が公園でもあり、野良猫が多いそうだ。 二階には竜巻チャンたちもいるし(りゅうチャンとまきチャン)、これからの幕の展開が期待される……。

(猫生)

【2006年5月号】

◆わが小紙は、創刊時から誇り高く富国強猫≠ニいう看板(題字下)を掲げてきたが、心は金で買える≠ニいう苦々しいあの男の新説が流布され、にわかに我が国に暗雲が垂れ込めてきた。

◆せめて毒気をすすぎ、そして次の名著を味読してみてください。
・江戸時代中心に、日本にいた欧米人が日本人の心を投影する遺したことば―垂涎の書といわれたものを普及版としてペーパーバックになった『逝きし世の面影』(平凡社)。
・当時の横浜から新橋行きの汽車の窓から大森貝塚を発見したあの米国・動物学者E・Sモース著である『日本その日その日』(平凡社・東洋文庫)―わが国を好奇心で歩いて観たことを感動と感激をもち、心の機微を中心に、日本と日本人観を日記風に三冊にまとめたもの。左記にほんのその一部を紹介する
「・・・、これらの種種雑多な活動と混雑した町町とを支配するものは、「優雅」、「丁重」、「生まれついたよい行儀の雰囲気」である。・・・。」

◆明治の民衆がもっていたという日本人の心やデリカシー≠ネどを、荒廃する現代のそれとを重ね合わせてみるのも一興だろう。

(猫生)

【2006年4月号】

わが家のねこの皇室典範の場合

◆「皇室の典範」のことがかまびすしい。わが家の野良上がりタルホの皇室典範を今考える。 平民感覚でいうと出自は論外。あり難いほど可愛く、猫らしくて斜に構え人間さまを横目に元気で寝てばかりおり、天皇に相応くして、去勢手術を受けはやばやと皇太子と命名しており……。ええ超俗的でございますとも。

◆今月の表紙を飾って下さったそろって稟質の版画家、歌人・作家、天才啄木の心に宿ったかずかずのねこたち。その霊力(フシギ)の原型は……

◆『ねこ新聞』購読継続をして下さった読者の方々に昨年から当社制作のポストカードをお贈りしているが大変喜ばれ身に余る悦び。引き続き私が自分の趣味の贅沢で蔵書に貼りたいと以前に作った「カードラベル」をお贈りする。手持ちがなくなるまで2、3年は品物があるだろう。継続よろしくね。

(猫生)

【2006年3月号】

激痛に堪え[毎日が猫の日]

◆全国的に記録破りの寒さには病むひとも多いことだろう。わたしの激痛も勢いを増すばかりだ。

◆求道者たるものその群像を思い浮べ、また「淋しさの極みに堪て天地に寄する命をつくつくと思ふ」と詠んだ伊藤左千夫を想いつ、わが激痛をにらみつけ「このくそ!」と奮い立つ「毎日が猫の日」のわたしである。

(猫生)

【2006年2月号】

異彩を放つ『文壇落葉集』

◆暗雲垂れ込み狂気が走るわが国にも異彩を放つ文化の香り漂う話はある。

◆川端康成、横光利一ら著名文化人から東京日日新聞社(現・毎日新聞社)に送られた手紙や、ハガキ五百二十八通をまとめた文学通には涎が出そうな「文壇落葉集」が毎日新聞社から刊行された。

◆大正末から昭和10年代はじめにかけ、203人から当時の学芸部長や部員に送られた書簡をまとめたもの。谷崎潤一郎、武者小路実篤ら作家の他、清沢洌ら文筆家の名もある。

◆創作の苦悩や懐具合など肉声が聞こえてくるようだ。

(猫生)
お問い合わせ:『文壇落葉集』(毎日新聞社出版営業部03・3212・3257 定価8400円)

【2006年1月号】

指呼の間の家 明けましておめでとうございます

◆指で指して呼べば答えるほどの近い距離のことをそういうが、知人のお世話で文字通りそういう場所に古い貸家が見つかった。

◆一昨年以来の懸案であったが、思いがけず今の生活圏内(電話番号・図書館・リハビリセンター・商店街など)に、好きなように改造OK、猫好き、と願ってもない大家さんに当り改築次第、三月初旬ころ自宅兼『ねこ新聞』が引っ越すことになった。

◆うちの猫たちが探してきたとしか思えない。 心気一転。これまでにも増してご支援をよろしくお願い申し上げます。

(猫生)

【2005年12月号】

ゆっくりの向こうに文化が見えてくるのに・・・

 ある日は野球に、今日は放送局に、コンピュター操作の達人との今日の喧騒は、金儲け主義者と、見えぬ心との争いが潜むようだ。

 ご存じの通り「富国強猫」―猫がゆっくりと眠れる国はこころの富める国と主張するわが紙は、またぞろ株だのM&Aだの青年達はわが国の精神的風土のことも知らぬ「企業文化(会社が培った固有の考え方や見識)」をも無視する、わが紙の対極に棲む現代が生んだ、金を持てば何をしてもよいと錯覚するモンスターだと私は思う。

 猫生は心というか魂を一徹に、うちの愛猫タルホ皇太子と共にゆったりと考える。


 猫の頭撫でて我が居る世の中のいがみあひ いさかひよそに我が居る(伊藤左千夫)

(猫生)

【2005年11月号】
精神力のひと

◆病気に罹ろうとも肉親が最期を迎えようとも「不退の行」の行者は、中断はすなわち死を意味し、そのため自害用に短刀を懐に出発する。

◆天台宗極限の「千日回峰」(百日を一期として七年かけて比叡山の三塔十六谷を巡拝する修行)を二回満行し、生き仏になったひとの素顔を大阿闇梨・酒井雄哉師自身の手記で読み、人間の精神力にあらためて感動・驚き、新しい力を得た。(文藝春秋八月号)

(猫生)

【2005年10月号】

日本経済新聞・2005年(平成17年)8月17日(水)付け

   「文化」の部屋をニャンとノックしてみました。

(猫生)

【2005年9月号】
100年目の「猫」

◆薀蓄(うんちく)を傾けるというが、国民的文豪・夏目漱石の極致の「ロマン」と「美学」を織り込んだ『吾輩ハ猫デアル』の初版本の装丁特集≠、復刻版ではありますが、一端でも垣間見ていただけたでしょうか。

◆今月は、漱石のお孫さんの半藤末利子さんとご主人の半藤一利さんに錦上花を添えていただきました。

◆さらに、100年は夢の間だよ≠ニ、〈夢枕〉と題し、『ねこ新聞』創刊時の表紙画を担当くださった小沢良吉画伯が「原口君の健康を祝して」と記念号の表紙画を贈呈くださいました。

◆ありがとうございました。わが輩はお祭り気分に喜色満面でございます。

(猫生)

【2005年8月号】
100年目に巡り合って

◆『ねこ新聞』は11年前、夏目漱石の『吾輩は猫である』のように人間社会のさまざまな事象を軽妙かつ軽快に斬ったり、またユーモラスに、ときにあたたかく・・・と、その心にあやかりたいと創刊した。

◆『吾輩は猫である』が「ホトトギス」に書かれて100年目(初版出版も同年)にあたる今年、思いがけず・・・、念願の(文藝春秋の長い読者ですので)高名な半藤一利先生に今月号でご寄稿いただけ、おまけに漱石のお孫さんの令夫人半藤末利子さまにも九月号で原稿をいただきました。

◆わが『ねこ新聞』は、かわいい無垢な猫の寝顔を見ながら未踏の「ねこ文学の地」に立ちたいと、猫のように気ままに歩いてまいりましたが、はからずも、この不思議な巡り合わせの幸運に「猫の力」を感じます。

(猫生)

【2005年7月号】
せめて、人間らしく

◆江戸前期の上方随一の挿し絵・絵本画家竹田半兵衛という人の、浮世草子『男色寸鏡』(なんしょくかみかがみ)という書きものに、「只一首の歌にて、心もやはらぎ、感性するは、これ歌の徳也」とあるそうだ。
*感性するとは心に沁み込むの意。

◆電鉄の金儲け主義や色情狂青年も生まれる救い難い人間界を嘆く、わが家の思索的な愛猫タルホ(余る愛情と尊敬を込め、ワタシは皇太子と呼んでいる)いわく、 「歌のところを一匹のねこ≠ニ読むべし」。

(猫生)

【2005年6月号】
先見の明

◆「活字文化振興 国の責務」と題し、超党派の活字文化議員連盟がさる三月三十一日、国民の活字離れを深刻に受け止め『総合的な施策の推進により、知的な国民生活と文化の香り高い社会の形成に寄与』しようと骨子をまとめ、今国会に提出し成立を目指す方針である――と読売新聞が報道しました。

◆それを文字通り創刊以来、具体的に未踏のねこ文学を確立しようとする『ねこ新聞』としてはわが意を得たりとうれしい。

◆しかし、政治家というのはいかにも「先見性」がない、かれらがいうことは心もとないと思うのはわたし一人ではないだろう。「仏作って魂入れず」にならないよう願いたい。

(猫生)

【2005年5月号】
金で買い難いゆったりと流れる猫の時計

◆日本人の文化の風土はゆったりと猫と共に流れた。・・・ 俳人たちが猫のしぐさを粋に諧謔的に俳句を詠んだという話から漱石、百閨A現代に至る猫文学を綾なす「文化の風土」の変化について、猫生は憂いや批判を込めてそれを、心から物や金への変化だ≠ニある雑誌で断罪したことがある。先を急ぐデジタルではなくゆっくりとアナログ感覚の『ねこ新聞』を作ってきた。

◆わがスター猫のタルホのご意見を伺ってみた。猫語を知らない「ホリエモンなんて・・・」バカバカしいのかテレビから出てくる騒音に春風駘蕩、欠伸をしながら耳を抑え寝入ってしまった。

◆つむじ風に巻き込まれたフジテレビのわが紙の熱烈読者嬢は、嬉々としてフジテレビ公式ホームページ上で『ねこ新聞』のことを痒いところに手が届く≠謔、な絶賛の弁を書いてくださったのには恐れ入りうれしかった。

(猫生)

【2005年4月号】
海外への架橋を渡りました

◆朝日新聞に一月二十六日付『ねこ新聞』のことが掲載された翌日のこと。ごった返す地元の野菜・果物屋の「安売りコーナー」で、不意に店のアルバイトのおばさんから大声で、「アラ、ねこ新聞の奥さん。新聞みましたョ」と声をかけられドキッとした妻。「変な姿で歩けないワ」とそれなりのドキッがあったらしいが、新聞の威力を確認したわたし。

◆それが飛び火して、世界の日刊新聞『ヘラルド・トリビューン』(ニューヨークタイムズ編集発行)と朝日新聞が編集協力し国内向けに発行している英字新聞に、右記の記事が題字横(カラー)と24頁(モノクロ)に写真入りで転載されました。

◆〈猫王国〉の英米にも類型をみない、読ませる編集方針・・・とりわけ「斜に構え人間を見下す」と、「富国強猫」に惹かれた記者の驚きやその鼓動が伝わるような見事な格調ある筆致に世界の一流紙の力量をみるようだ。

(猫生)

【2005年3月号】
ココロよガンバレ。 空洞化した心の復興にもだえる神戸

◆人心を掌握しないお上。地震、津波と続く災害に、世界の耳目を集める中、生死や別離や商売や運命に翻弄され、あたふたしてうろたえるひとのサガ≠ェわたしには印象的で喉に小骨がささっているようでしょうがない。

◆十年前、生まれ育った故郷の阪神・淡路大震災で生家が全壊した。親友知人が無残に死んでいった。思い出の全てを奪っていった。

◆その四ヵ月後の五月、脳出血に倒れ、まさかの半身不随になったわが十年の人生をも重ね合わせ、愛猫タルホを抱きしめ真剣に、静かにひとの人生や運命を考えました。

◆そして、わが猫に「生かされる」猫人生の灯を掲げるシアワセを新たにしました。

◆猫との小さなシアワセ≠ニいう心の癒しの風を送り続けたいものだ。

(猫生)

【2005年2月号】
神話に閉じ込まれたアラファトの死と、陽だまりの家のタルホの主張

◆過日逝ったアラファトの遺影を眺めつつ、思い出して三十年位前、彼が初めて日本のマスコミに登場する際、「彼の実像をみせよう」と私が段取った『遠い国近い国』(1976年2月15日テレビ朝日放映)という大きな番組に出演した折の編集前のインタビューの元テープをききながら彼の足跡をたどり、文字通り国に一生を捧げた彼を偲びつつ、国連からわが国へ。あるいは日本人の心への、長く険しい道程に、彼に進言してきたわが青春譜と重ねながらこの筆を進めている。

◆当時は彼を「テロリストの親玉」とか極端には、彼を赤軍と思い込み、彼らの国(PLO)や彼に明るい私を「原口さんは赤軍ですか」と言った無智なバカな男さえいたことはいた。私は右寄りでも左寄りでもなく、金もないが、只、奪われた国を取り戻そうとする弱者の味方でありたかった。

◆「アブ・アンマ(アブおじさん)」と大衆に愛称で呼ばれ、大衆の心とともに命を賭した男アラファト。イスラエルあるいは米国の暗殺者網を潜り抜け居場所を刻々変え、床やソファで寝ながらベッドで寝たことはなかったようだ。  わが国のあのひとは民衆の心を読めぬ人。

◆寒くなって、過日急死した愛猫チョビちゃんの面影さえ捜していたタルホは私にしがみつき寝るのです。日が昇れば、わが布団の中で陽だまりを待ち、気がつくとちゃっかり陽だまりの中に先住民のような顔でいる。私が着替えを終え車椅子でそこを通ろうとすると「この場所はおれ個人のもの」と私有者然としてスルメのように体を伸ばし、どこうとしない。平和なのどかな光景である。可愛いと思うのである。

(猫生)

【2005年1月号】
◆「愛猫家列伝」として「猫」の画境を拓いた画家の故熊谷守一を書き終えて、聞きしに勝る破格の哲学的な稀有な人だと思った。

◆驚いた。唸った。その言葉がアッケラカンとして春風駘蕩、天真爛漫何と輝いていたことか。息苦しい時代背景のせいもあるのだろうか。ホッとしたい。孤高の人のことや絵を知りたいというひとの輪が静かに広がっているのだろう。ちなみに、地元大田区管内の図書館他で、彼の関連本の閲覧希望者のラッシュだ。

◆その仲間にこの度、究極といえる『熊谷守一の猫』(求龍堂・2800円+税)という新刊が加わった。

(猫生)

【2004年12月号】
岩手県の読者・沼田卓顕さんの非業の死と 遺してくれた「喜神」という心

◆嗚呼むごい世の中だ。脱力感が襲ってくる。それは沼田卓顕(関東山)さん七十六歳が、突然の交通事故で非業の死を遂げたられたからだ。

◆産経新聞二〇〇三年三月一日付人気コラム『産経抄』に「ねこ新聞」が取り上げられた日、直ちに読者になり新聞を手にすぐ「ねこ新聞は安岡正篤先生のお言葉=文章は喜神を含んでいないといけない。のように喜神のある新聞ですね」と電話下さった。啄木や賢治のように、文学の風が吹く岩手訛りの温厚な俳人らしい人であった。

◆十周年記念の装丁合本も、申し込まれ「合本もやはり喜神がありますね。夢中で徹夜して読みましたよ」とまた電話であった。

◆無我夢中に凍てる岩壁をよじのぼる思いの我々には、「百万の味方」のように、「天の声」とも聞こえる「喜神」で激励してくださった恩人でありました。

◆その奥義をたぐると、大思想家であり漢学者・陽明学の大家で戦後の哲学を好む歴代の宰相や財界の指導者のご意見番として隠然と存在していた故安岡正篤先生の『運命を創る』(プレジデント社)の一節にめぐり合った。・・・・・私はこういう三つののことを心がけております。第一「心中常に喜神を含むこと」(神とは深く根本的に指して言った心)第二に「心中絶えず感謝の念を含むこと」第三「常に陰徳を志す」等々。

◆今月号の、ご子息安岡正明さんの「愛猫記」をご推薦くださったのも沼田さんであった。

◆「喜神」は混迷する現代への警鐘のことでもあったのか。ご冥福を祈り上げます

(猫生)

【2004年11月号】
一念岩(ネコ)をも通す

◆NHKアーカイブスで特集番組「カメラマン・サワダの戦争―ベトナム戦争を撮ったネガは何を語るのか」を見た。

◆ベトナム戦争の最前線に立ち、迫真の『戦争の悲劇』を撮り続け世界を唸らせ、報道写真家にとり最高のピューリッツァ賞も受けながら三十四才で銃弾に倒れた日本人フリーカメラマン沢田教一さんの今年は十三回忌にあたり、彼の作品の「秘密」を検証していた。

◆ひたすら「戦争の悲劇」を伝えようとする愚直な報道写真家の信念は、自らの命を省みず、望遠レンズを嫌い極力使わず、被写体に真っ向からレンズを向けたという。

◆『ねこ新聞』の表紙の絵と詩はどちらが先にあるのかという質問を度々うけるがこの際、答えましょう。

◆[秘密]は一切ありません。はじめに、情熱や情念あり。日頃から猫の絵に注意をはらい、あるいは表紙画として良い作品をまず選び、日頃目を通している詩集から、ある程度見当をつけた詩人を、出版会社や編集者あるいは翻訳者別に、必ず隠れているという強い信念を持ち、全作品を根気よく丹念に調べてゆくと、広く知られていないが〈出番・出会いを待っていた〉ような詩とか、詩人にめぐり合うから不思議だ。

◆一念岩をも通す。これをもって《猫の力》というか《猫に作らされている》というのか。
(猫生)

【2004年10月号】
座せる闘牛士

◆ オリンピックをみながら、「参加することに意義がある」といったという近代オリンピックの父クーベルタン男爵の精神は今は昔だとおもった。個人の名誉や国威のため火花を散らし栄光に向け闘うひとびとに気圧されていたら、静かに淡々と運命を受け止めていた故大詩人安西冬衛(あんざい・ふゆえ)が浮んだ。

◆ 「てふてふが一匹韃靼海峡(間宮海峡)を渡って行った。」にあるように、〈ロシア極東の地サハリンとシベリアとの間にある激浪の海峡上を若い可憐な生命を象徴する一匹の蝶が渡って行く〉と詠み、高名だった彼は右膝関節結核で足を切断していた。彼はためらいなく自らを「座す闘牛士」といっていたという。『座せる闘牛士』という著書がある。(不二書房)

◆ 代表作に「道化師」がある大画家ジュルジュ・ルオーを彷彿させますね。≠ゥら始まった今月の表紙画をお願いした岡部文明さんは文字通り「座せる異彩のひと」である。
(猫生)

【2004年9月号】
ロシアの人間国宝ククラチョフと世界の知性と行動の超人南方熊楠

◆うちの猫ものびるようなうだる昼下がり、好奇心もありロシア大使館でのククラチョフ氏の「猫劇場・来日五周年記念パーティー」に行ってきた。

◆猫の出演もあり、ロシア人間国宝のククラチョフさん扮するピエロの表情一つで「出席者の心」を掴む秘術も見せられ、すがすがしく楽しかった。

◆思わず、わが外務省&首相官邸に向かって酔眼、アカン目をしてしまった。

◆既成概念がほころび知性も哲学も不毛といわれ、個人のスケールとパワーが望まれるこの国の現代に、世界の知性といわれてきた無類の超人が蘇った。(詳細は本紙二00二年十一月特集号『愛猫家列伝・南方熊楠』参照)

◆熊楠にとって、そこは母の胎内のように彼に影響を与えた生誕地と、活動の拠点であった「紀伊山地の霊場と参詣道」が二十一世紀初の「世界遺産」に登録された。

◆そして、先日、NHK人気番組『その時歴史が動いた』は、「世界遺産・熊野の森を守れ、百年前の奇跡の環境運動。哲人・熊楠の抵抗」と題してわが国でのエコロジーの先駆けの実像を放映した。

◆熊楠の気圧する天才ぶりに魅せられ、その素顔が浮ぶように万巻の書と時空を超え死闘した筆者としては、南方熊楠なかりせば・・・紀伊山地の「世界遺産」もなかったと思うに感慨深い。改めて清酒「南方熊楠」で一献。
(猫生)

【2004年8月号】
◆ 創刊十周年目前に愛猫チョビちゃんが急死。翌六月八日庭に埋葬し、金星に召された。(愛と美の女神「ヴィーナス」と神話にも語られる明けの明星)

◆ 思索的で会話ができる無垢の彼女は慈悲深く昼夜を問わず点景のように身近に在り、私の命運をにぎっていた。ここ一週間ばかり子供のようにオモチャで夢中に遊んでいたというのにあぁ。死の朝には誰彼構わず甘えてみせ、机に向かう私に声をかけ、・・・ほどなく前兆もなく唖然たるあっけなさで三才の短い命を閉じました。哀しい。切ない。

◆ もうおまえの面影を追うのみの日々が続きもうおれは抜け殻だ。

◆ 「生者必滅」が世の常とて、身の一部をもがれ、虚脱感と寂寞感に撃たれる・・・。

◆ 今年は気候のせいか特に体が辛い。病む極みに、わが身の身代わりになったのかとふと思うとき新たな滂沱の涙が流れる。
(猫生)

【2004年7月号】 〔ごあいさつ〕

月刊『ねこ新聞』 創刊十周年一里塚を迎えて

―妻とあらゆるひとやわが家の猫へ万感の感謝を込め、 病と前人未踏の『猫の国』に立とうという「覇気」と「熱い魂」のことなど―

 1994年7月新聞創刊と、幸い死なず九時間にもわたる手術から生きながらえた重い脳出血発病は、ほぼ同時に重なった。おまけに、情報誌でもなくいわゆる一般新聞でもなく、広告ナシ、世界にも類のない時空を超え文化・文学・歴史の百花繚乱の魂が棲むという『猫の国』へ通じる独創の一本道を独立独行き続けてくることは死中に生を求める≠謔、なものでもございました。

 死と背中合わせの苦しい車椅子の肉体の激痛と麻痺が極致に達し(6年近くの永きにわたるリハビリ休刊を招きはしましたが)2001年2月の復刊後今日に至る求道者のような霜烈な覇気と熱魂は・・・、 見えないフシギを生起し神秘な生命がわたくしの内に満ち溢れ、わたくしが昇華してゆく姿といえないこともございません。

 その間、文字通り献身的な女房(副編集長)と、復刊を見届けたかのように15日後に死んでいった19才の愛猫アラレ、ノラ出身の無垢な3匹抜きに、十年史の一片すら語れるものではございません。

 また生き甲斐になりました。喜神のある新聞ですね。読み応えある。%凵X拡がる波紋に支えられてきたことは申すまでもございません。みなさまありがとうございます。合掌
編集長 原口緑郎(猫生)

【2004年6月号】
◆ 声高に、美しく味読する『ねこ新聞』をと、可愛いねこに夢を託した半死半生の車椅子の歩みが、おかげさまで来る七月号では|リハビリ休刊が五年七ヵ月あったとはいえ|、創刊十周年を迎えます。

◆ 金があるからでもなければ、勝算があったからやったのではなく、その内、何とかなるさと風任せ、神様任せに未踏の地に向かったら〈アメリカ新大陸〉を発見し世界の史観を変えたコロンブスの心境だ。
◆ 理解者である地元の馬込図書館が『ねこ新聞』復刊号から二年分をまとめて合本を作ってくださった。世界にも類のないヨーロッパ風な『猫の合本』の粋に二度惚れした。

◆ その・・格別な感動をみなさまと共有したく、七月号では記念事業として創刊から十周年までの全五十三号を合本『予約頒布』しようと検討中。
(猫生)

【2004年5月号】
◆アラビアのロレンスを夢見ていた三十代だったが、大商社に請われ、レバノン・ベイルートから北アフリカ大型プロジェクト発掘コンサルタントとしてアルジェリアに飛び政府と交渉に入った。折りしも大地震、大統領のモスクワでの急死、社会体制の動揺・混乱等々が重なり、しばしば交渉は中断した。その間、フランスのニースへ避難し、時間潰しをしていた。

◆もっぱら街の散策と長期逗留を強いられていた。小さいホテルから突き出たテラス・レストランに座り、出入りす人模様を観察したり、海際のプロムナード(遊歩道)にあった時間貸しのイスに座りフランス娘や人妻の裸の海水浴光景に見入り、<シャガールの美術館>通いをしていた。
”思いで深い”青春譜の一頁ではある。
(猫生)

【2004年4月号】
◆レーニン博物館から飛んできたあのレーニンが〈しっかりと猫を抱く晩年の写真〉を手に想いをめぐらしていたら、間髪を入れず、朝日新聞夕刊題字下の「素粒子」の筆者である親友河谷史夫の本がきた。書評編集委員以前からの彼のファンはあちこちに隠れていることをよく知っている。斜に構え、小気味よい、スパイスが効き、さめた、そして哀しみが漂う河谷史夫を「媚薬」だと思っているに違いない。その実、愚生が朝日の夕刊だけの読者である秘密は彼を読みたいからであ〜る。・・・惜しむらくは猫との相性は不明であるが資質はある。

◆彼が書いた彼らしいひと模様をテーマにした『何度読んでもいい話―人が人と出会う運命の物語』〈亜紀書房〉という本を開いてみると、かって(葉)という筆名で「人物天気図」を書いていた斎藤信也という記者の名が鳴り響いていたといい、原文をいくつか紹介している。・・・「美人であると断定して責任を負うつもりはない。素顔が見えぬからである。」(原節子)「ハセガワカズオは、もはや固有名詞じゃない。普通名詞である。」(長谷川一夫)。

◆その(葉)にそそのかされ、愚生は、大革命家レーニンの「素顔」を書きたくなってきた。
(猫生)

【2004年3月号】
ネズミ一匹 大山鳴動す
◆ 「やだ」「まさか」と悲鳴を上げ怒ったり嘆いたりしている。「三匹も猫がいる『ねこ新聞』の事務所でネズミが出るなんて! 笑い話にもならない」等々、御託を並べてみたところではじまらない。・・・世相を映しているのだろう。当事務所の台所近くの猫戸から出入りしているらしい。「飽食時代」の猫は鼠くらいで目を輝かせるようなことはない。今時の猫はゴツイネズミにでくわせば一目散に逃げるが勝ちだそうな。ネズミにとっても同様「飽食時代」の遺物は消え・・・・、それが人間にも及んでいることには異論はないだろう。

◆ 猫もネズミも丸くなって、おたがいに敵愾心に燃えることもないらしい。もう、かってのハングリー精神でとがることも消えたとは隔世の感を深める。

◆ その後「ネズミとり粘着シート」で捕まえた。

◆ 一月号で紹介した、「スルメで泣いた」福祉介護士の木村君に同情した地元の読者からスルメが贈られました。
(猫生)

【2004年2月号】
前向きではなく後ろ向きに・・・

◆ 余命を猫に賭け・・・心身の窮(きわ)める痛苦に堪えおかげさまで、今月は『復刊三周年目の誕生月』を迎えました。

◆ 今後ともせめて、騒々しい浮世を離れ、喜神(きしん)ある猫との「別天地」のひと時をどうぞ。今年一月より紙面改造を致しました。
 春雨や猫にあくびを移さるる  可得
 猫の尾の何うれしいぞ春の夢   賢明 

◆古来から俳人や作家の心を捉えてきた猫の秘密とは。それは天性の諧謔性(かいぎゃくせい)とゆったりと動く猫時計なのだろうか。

◆われわれは先を急がず、東へ西へ時空を超え、のんびりと流れる猫時計の様々を探し求めます。せめて「日常の憂さ」を晴らしてください。
(猫生)

【2004年1月号】
消えたスルメと巨漢木村君の涙・・・

 私を風呂に入れてくれる木村清太郎君はうちのお猫様も尊敬する人気者の福祉介護士です。

 彼が通うお宅から高級剣先スルメをもらった。よだれが出そうなシロモノで久しぶりに一杯やろうと彼は楽しみにしていた。それがヌカ喜びに終わる悲劇を招くとは。

 後生大事と古新聞に二重に包み、カバンの奥深くに入れ自転車の前の荷かごに入れていた。訪問介護を終え、あのスルメの安否を確認しようと、彼は手で探ってみて青ざめた。スルメの姿はすっかり消え、目の前にはあかんベーし舌舐めずりしながら夜気に逃げてゆく2匹の猫の後姿があったそうな。「畜生め!」という彼の虚しい怒りだけが近くの森でエコーしていた。

 うちの猫族にご判断をお伺いしてみるとムム。巨漢に八つ裂きされその上、酒漬けされるスルメのはかない運命を忍び難かったんだよ。彼らは慈悲深く哲学的な連中さ。ハッハッハハ≠セとさ。
(猫生)

【2003年12月号】
暗と明

◆ いつぞや大物政治家が「ひとの命は地球より重い」とのたまったわが国では、濁世(じょくせ)を迎え、国民の命はうんと軽くなりました。政治家や役人の軽重を問うまでもない。一方、ひとに触れ読心術に優れ、賢い猫や犬や動物の重さがよりましたのではないのだろうかと・・・・・。

◆ わが紙が二ヶ月にわたり紹介した稲垣足穂の代表作の一つである『一千一秒物語』の英訳本【Taruho Inagaki One Thousand and One-Second Stories (Sun & Moon Classics Vol.139)】が九十八年に出版された。その紹介文には「稲垣足穂は谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫と並ぶ二十世紀の偉大な作家である」と記され、三島由紀夫の「日本文学で真に天才と呼べるのは足穂のみ」という言葉が添えられているらしい(『大阪人』二〇〇〇年六月号より)。幸いこの度、再刊された。

◆ わが国では死語化してきた自由と闘った≠が国の大正時代の文士の「心」を、アメリカ人が今読もうというのだから興味深い現象だ!
小泉さん。ブッシュさんにその心は?と聞いてみてはいかが。

(猫生)


【2003年11月号】
九月号表紙画下の稲垣足穂の小文の反響に応える。

◆猫でもトラでも何でもよろしい。苦節十八年の末、阪神タイガースの優勝に、わがことのように興奮し溜飲をさげた人々も多かったでしょう。共に心を躍らせつつ、文学者も美術家も大衆も「自由な表現」を求めた大正・昭和時代を今に、重ね合わせ考える。

◆マサカ! ア・リ・エ・ナ・イから、・・・大正文学者らしく「意表をつく」という文学者独特の表現のファンタジーや文学的創造力に驚く歓声にまじった・・・「文字づら」に、昂ぶる初老の婦人と男性老人数人から声が上がった。いわく「責任者を出せ」「読んでいたねこ新聞も毎日新聞も止める」「子供が真似したらどうするのか!」「動物虐殺を助長する!」

◆少女も主婦も金のために売春はする。小役人は回春する。金に眩み女子高校生が軟禁される。青少年や大人の殺人は日常茶飯事。入院すれば殺される。現象のひとつとはいえこれらは犯罪者だ。人間としての常軌外れる心のかけらもない狂気が走るわが国には人間としてあるべき姿や豊かな心(小説や詩なども心表現の形)が消えてゆく。

◆広告ナシ。損得抜きに猫の好奇心を発揮し、せめて人間として「文学の愉楽」を追求 してきた。スポンサーさえ付けばテレビであれ雑誌であれ或いはテレビゲームでも戦争や裸を売り物にする。

◆小紙は下卑で危険な風潮と一線を画している。大人は子供への教育・責任を考えたことはありや否や!?
(猫生)


【2003年10月号】
タルホ1 《タルホのデビュー》
◆九月号の『愛猫家列伝―稲垣足穂を脱稿直後、猫自慢が集まる不思議な呑み屋から子猫のテロリストがきた。タルホと名付けた。足穂が幼時に呼ばれたように、大阪弁でタルちゃんと尻上りに発音する。無垢でカワイイから自然に目じりを下げ放しでわが家は爆笑に包まれ、怒声と悲鳴が響く。写真のように、お腹のど真ん中に五つ星の天才的な遊び人のゼンマイ仕掛けのような暴れ坊ときた。
天から降りてきたようなヤツに先住人二名に猫二匹はあたふたと振り回され、上を下への大騒ぎである。
タルホ2 ベットに横になろうとパジャマのズボンを引き上げようとしたらほんの数センチの隙間から入り込み、どけようとすると尻を噛むわ、引っ掻くわ。上向きに寝ると野っ腹をかける様に、山から谷へと駆け回る。無垢でさえあればよいとは言い切れない。加減を知らぬ遊び人テロリストの無差別攻撃に身の危険を感じながら眠れぬ夜を、さらに息苦しくする。

応戦するチョビ(♀)との闘いの展開を追っているうちに我が目を疑う夜もあった。一喝され・・・壁を這い上がり天井近くに張り付いている。気が付いたら私の枕に頭を並べ可愛い姿で寝ていることもある。気が付いたら私の枕に頭を並べ可愛い姿で寝ていることもある。足許に小便をぶっ放す不謹慎なヤツでもある。この顛末の原因は、破天荒タルホと名付けたからかと、わかったようなわからぬような想いが巡るうちに、首輪の鈴の音で翌朝を迎える。
(猫生)


【2003年9月号】
《天稟と宿縁》

◆ひとが夢やロマンを天体へ託してきた東京渋谷の「五島プラネタリウム」の灯が消えて2年が経つ。 戦後、わが国には、個性のない夢のないあたりまえのひとだけになったといわれます。

天から稟(うける)意から生まれつきの才能を天稟といったり天性とか天分といったりするのでしょうが、・・・・大正時代、星や月の天界を書く独創的≠ネ「タルホ文学」を確立した文士稲垣足穂こそは文字通り天稟であった。

◆表紙は足穂の代表作『一千一秒物語』短編の一つと大学院生の早くから大きく世界に羽ばたく稟質の深澤琴絵さんと組み合わせた。その受胎していた天稟の感性がエジプト悠久の風に触発されこの世に生を落としたというのか、美しく感動的で独創的な『赤い太陽とキャラバン(隊商)』という作品との際会には、唸り、われを忘れて興奮した。私がかつて「アラビアのローレンス」を夢みて走り回った灼熱の砂漠が思い出され、感慨深く感動もひとしおでした。ましてや、砂漠舞台に描く、「赤い太陽が砂から昇って、砂の中へ赤く沈む。風が砂の小山を作っては、またそれを平らかにして過ぎ去る・・・」とはじまる(『黄檗奇聞』という大正時代に足穂描く名作の情景を、彼が死んだ年に生まれた琴絵嬢描く作品がそれを彷彿させる。これは天与の感性と星が結ぶ神秘のなせるわざか。

◆『愛猫家列伝―稲垣足穂』にて、木版挿画で応援いただいたのは静かな感動″品を発表され続ける、春陽会・会員版画家宮本典刀さんが「岡鹿之助賞」を受けられた森閑とした格調高く、神々宿る『街の記憶』に感極まり、強引に口説き落とした次第です。

◆死せる長谷川、生ける宮本を走らせる≠ニいう後日談。足穂最初の創作は、大阪朝日に連載の長谷川如是閑のハイカラ小説「叔母さん」を読み、こんな粋な小説を書きたいと思い立った≠ニ、『緑の陰』冒頭に記された大思想家は、愚生が私淑する宮本夫人の「叔父さん」です。天稟と宿縁に万感迫る。
(猫生)


【2003年8月号】
◆来月九月号では、人気の『愛猫家列伝』は、稀有の天才稲垣足穂(いながき・たるほ)を取り上げることになりました。

◆大正時代の文壇に彗星のように登場し、彗星のように消えていったひと。戦後、第一回日本文学大賞受賞したという神さぶる巨人の高嶺に霞む「素顔」に迫ろうと、・・・・死人に口なし≠いいことに、独創と闘ったあの破天荒な人物が、逸話や挿話を通じて心象風景的に、ご本人自身を語られることは最もいやなことだろうどころか、怒りを買うことは当然想像されたことだ。

◆それなら誰にも書けなかったことをあえて私の視点で書いてみようと、わたくしの突き上げる衝動と同時に、かつて「馬込文士村」滞在当時、当社のほんの近くに住んでいたという「えにしの心の糸」にたぐりよせられたのです。

◆限られた紙幅に、大作家の懊悩と哀しみを表現できたのかどうか不安がよぎる。が、泉下のご本人が慌て隠れるところを探すようなことにならなければと祈って止まない。天下の毒舌家稲垣さん。
(猫生)


【2003年7月号】
◆ 混迷に、常軌を逸する事件や狂気が走ることに神経をすり減らすことはやめることにしている。その狂気が再び三度猫にむけられぬようには祈るほかない。おたがいもっと気楽に楽しく猫的に生きる方法をみつけましょう。何とかなるさと構えるのも一考ですよ。猫に余生を賭け、ナンバーワンを求めず、ひたすらオンリーニャンへまっしぐら。

◆ 開眼した反人間的生活。・・・身を捨ててこそ浮ぶ瀬もあれ≠ニいうじゃない。もちろん猫的といえる直観に頼ることだ。計算得意の銀行もバンザイする世相。わたくしたちの人生には間髪の間に予想だにしない猫が不思議な劇的なことを起こし、血湧き肉躍り楽しくなるという次第です。・・・

◆ 天下泰平『ねこ新聞』おじゃま虫(なっちゃん♂)は果報は寝て待て=B
(猫生)


【2003年6月号】
◆『猫は世につれ 世は猫につれ』のカットと共に漫画家の柴田達成さんから、一葉の文が届いた。猫仲間の確かな感性を伝える一文にうれしくここにご紹介したい。猫の視線でモノを観ると今の人間社会の複雑な様相が気の毒に映るかもしれません。ものごとにとらわれない猫の人生!?うらやましく思います。桜も散り、春が去って行きました。少しモノ悲しいです

◆昨年末小紙が協力し発売した『免疫学問答』(河出書房新社)わずか3ケ月で8刷7万部突破し、なお上昇中。さる4月4日、著者の一人で世界的免疫学者安保徹先生がNHK「ラジオ深夜便」人気コーナー『心の時代』に出演され、40分にわたり天気や心のありよう有様と病気の関係を先端の視点から説かれ大反響でした。NHK当日全ラジオ・テレビ番組中一番反響があり、5月再放送されNHKサービスから、そのCDが発売された。続いて雑誌『ラジオ深夜便』六月下旬発売号の七、八合併号に掲載も決定(全国書店で)。

◆いまさらのようにつのる医療不信の悲鳴が聞こえるようだ。年30兆円超の医療費が国庫を圧迫すると愚痴をいいつつ改革読み改革知らず≠ニいうわけか。 自分の傷口は自分で舐めて治す猫をみて、バカな人間より猫の方が上じゃといいたくもなる。
(猫生)


【2003年5月号】
◆いつぞやの月刊『『東京人』の巻頭文に、知識欲が物欲に対抗できぬ国に未来はあるのか≠ニいう日本人の耳が痛む一文があった。

◆日曜朝。テレビに見入っていたら、平和に原点をおき、戦争反対するパリの五万人規模のデモ隊をテラスに座り眺めていた三人の若い女の子のひとりが、「これほどフランス人に生まれた幸せを感じることはない。」と奔流に流れず個性的なフランス娘の片鱗に救われた。

◆うちのノラ出身の猫は、イラク戦争と、アメリカと日本の処し方について、偉そうな政治家や専門家によるテレビ討論会を横目に、狸寝入りをきめこんでいたが、その内、ばかばかしいのかすっかりいびきを立て寝てしまいました。

◆富国強兵転じて『富国強猫』・・ねこがぐっすりと寝むれる国は心富む国という、猫と一緒の開戦直前の平和な日曜朝のひとときではあった。

◆ところで、そう。戦争開戦で思い出しました。寝ていたうちの猫が、「コイズミドノは、ダレカニフリスギ、キレタシッポはドウスルノ?」と犬のシッポが気にかかり寝言をいっていたっけ。
(猫生)


【2003年4月号】
◆二月二十一日に、新聞創刊131年目を迎えた『毎日新聞』とわが紙と毎月一度、部分転載するという企画協力関係に、・・「歴史と野次馬精神(好奇心)と伝統の反骨精神という遺伝子をもつ毎日新聞」と、「個性と好奇心と遊び心溢れる猫らしいわが紙」が、夕刊『毎日新聞』に落とした一粒の種に、・・ ・・よもや、これまでもの花がほころび、新聞史上未踏の、見開き二頁に展開という快挙に至るとは感慨もひとしおです。

それは偏に、わが国を代表する毎日元主筆・大ジャーナリスト阿部真之助から現社長に受け継がれた愛猫精神を、筆者は猫の宿縁≠ニ見なす。

◆今後、益々「心和む猫の文化」の磐石(ばんじゃく)を期し、きな臭い世相の今、かって馬・犬・ねこも徴用され犠牲になった(軍人の防寒コートへ・・)富国強兵ではなく『富国強猫―ねこがゆったり平和に眠れる国は心の富む国という』世界の実現をめざし努力したい。
(猫生)


【2003年3月号】
◆不況が続くよどこまでも・・ひとの心が荒んでいくぞ。

バブルのつけの遺産を夢中に計算しているうちに、気がつけば、心の負≠ニいう遺産を増やしている事実を考えたい。相変わらず、猫を虐待する変質者は後を断たず。活字離れもしかり、不況は、ねこにまで長い影を落す。購読者から、失業、倒産したと深刻な悲鳴の声、声が、・・具体的で、読者を消してゆく。

◆二月号に舞い込んできた青い鳥を、ねこへの天意と受け止め、ねこが、綾なす「心和む文化」の狼煙(のろし)になるように祈りつつ、余命を賭けようと思う。

◆ねこの手を貸し、昨年末、世に出た『免疫学問答』(河出書房新社)が折からの「医療不信」という世相が追い風にもなったのか、日の出の勢いでスタートし、増刷しました。陰陽の応援ありがとうございます。寄ると触ると吹聴してください。
〈舌代〉

◆二つの何故にお答えいたします。

(1)年齢や職業・電話を記入させる意味は?・・どういう方が購読して下さるのかと「読者像」を掴む常識的な努力の一つと、緊急連絡用に他ならずとご理解ください。(2)新聞というならなぜもっとほかの新聞や猫雑誌のような情報を入れないのか?・・袖振り合うも多生の縁≠ニ、道往くひとと袖が触れることでさえ、因縁だというように、ひとびとが猫を通じて知り合うことは宿縁を超えた、正に異なもの味なものから魂の鎮まる双方関係にまで新聞をたかめたい。好奇心豊かに、品よく、物より心に寄り添う編集努力をしており、世界無類の新聞と自負し、日本新聞博物館・国会図書館・日本外国特派員(外人記者クラブ)図書館などで収蔵されています。

◆乱立気味の猫雑誌も各誌が住み分け努力をしているようですね。選択肢は読者自身の掌中にあるのに『ねこ新聞』を選んで下さりありがたい。『ねこ新聞』は、その努力の中で、障碍者や弱者や野良猫には常にやさしくなりたく思います。


【2003年2月号】
―復刊二周年記念号に寄せる・・・熱いエール―

青い鳥ありがとう。

  この度は、本企画にかくも幾多の作家と読者のみなさまから、薬石にも優る熱い血が通ううれしいエールをいただきました。

  失意のとき。血が通わぬ冷凍の体に、冬のナイフの刃が狂い走り奈落の痛苦に沈むとき。・・・明日の不思議な直観力と猫への熱魂=E気力と、天意を運んできてくれるに違いない青い鳥≠フ心を噛み締めながら、燃える至福の満二周年を迎えることが出来ました。

  ありがとうございました。
『ねこ新聞』編集長 原口 緑郎(猫生)
妻    美智代


【2003年1月編集後記】
 新年明けましておめでとうございます。

 みなさまの変らぬご購読と作家のみなさまのご好意に支えられ、病魔にも屈せずここまで「ねこの一本道」を歩き続けることができました。ありがとうございました。

  今年も力強く支えてくださいますようお願い申し上げます。

  年の初めに、好きな老詩人坂村真民(さかむら・しんみん)の「純粋一途、一途一心」の詩をあなたと愛猫に献上します。

 〔花〕
 何が/一番いいか/花が/一番いい/花の/どこがいいか/信じて/咲くのがいい

 昨年末、朗報が飛び込んできた。心血を注いだ11月号の超人南方熊楠翁の精神的支柱になった『神仏習合する、熊野三山、高野山、吉野と参詣古道一帯』が世界遺産に推薦された。  


【2002年12月編集後記】
◆今月は【障*碍者月間】にあたります。寺の坊主も走るほど忙しい師走。泉下のキリストさまも面食らうだろう落ち着かなくせわしいクリスマス月にね。月間を設定した役人の神経の底が見えるようで正直いってわたくし自身、第一級障碍者ですがうれしくもない。

◆せめて、本紙は彼らに宿る、光る才能の一端を紙面で展開しようと思う。障碍者福祉思想家で早世されたキリスト者であった糸賀一雄の思想と生涯を著した名著『この子らを世の光に』(京極高宣著NHK出版)を読み返してみる。・・・【光】の意味するものについて、(前略)『聖書』の光は闇に対する輝くもので、周囲を明るく照らすもの、したがってまた希望や真理を象徴する意味を持っている。この光は、しばしば見る人によって見えないもの、否、多くの人にはむしろ見えにくいものである。ルターの言葉のように、光は希望に、希望は信仰につながるとすれば、「信仰は見えないものに向う」(ルター)とも光は関係つけられるかもしれない。(中略)次のパウロの言葉はきわめて深遠な内容をもってくる「目にみえる望みは望みではない。なぜなら、現にみえている事をどうしてなお望む人があろうか。もし、わたくしたちが見えないことを望むなら、私達は忍耐してそれを待ち望むのである」

◆われわれが、〈毎日が猫の日〉を望むように、〈毎日が障碍者の日〉になれるように望みたいものだ。
  *本紙は障害の害の字に敢えて碍をあてております。


【2002年11月編集後記】
◆先にわたしが寝ていたの=Aオレがこれから座るからどいて!≠ニ、うちの愛娘チョビちゃんとの席(イス)の争いから、席とか座のさまざまを改めて考えてみようと思い立った。

◆国民のためにではなく、座食(働かないで食べる意)する政治家や役人のなんと多いことか。不正で席を追われた政治家達や役人たちの何と多いことか。いかめしい座を追われた経済人たち。座を狙う魑魅魍魎(ちみもうりょう)たち。首相の座に首をかけたあのひとは席を蹴らなかったが・・・・。

◆静座できず教室で、席を離れウロウロしているこどもたちが多いと聞くが。 生涯、座を求めなかった超人南方熊楠(みなかたくまぐす)。彼は幼少時、江戸時代から町の隠居が開く心学塾で〔静座〕を学んでいた。

◆かの地イスラエルにはヘブライ語で〔座力〕をいうコーアハ・イェシヴーという名の五歳になる前に通う、聖書やタルムードを学ぶ学校が全国に有るらしい(『旧約聖書の世界』岩波現代文庫・岩波書店)

◆わが国では、「『教育県』宣言ブーム」が拡がる現在、国作りは学問や読書からとすれば、日本の文部省の教育談義より史観があって解り易く、妙に説得力があるというと叱られるだろうか。これから寒さが増すと、うちでは猫たちとの席争いが激化に向う。


【2002年10月編集後記】
◆狂おしく森羅万象を蝕む(むしばむ)ようなこの夏も台風一過。 敏感な猫達は布団に戻り、鈍感になってきたわれわれ人間には〈考える秋〉の訪れだ。・・・かんがえる。 「ねこ虐待・惨殺」と、『世界天災』のことを今、あえて考える。

◆始めた古典連載―『子猫』の作者で愛猫家、100年程前に天災は忘れた頃に来る≠ニいう警句を残し、予知能力でも知られた物理学者・鋭い眼力の持ち主だった名エッセイスト寺田寅彦先生の眼には荒み病むこの国はどう映るのだろうか。

◆前者について、経済至上主義に血眼(ちまなこ)になって以来日本人の美徳であったはずの思いやりや慈しみなど仏教国心の箍(たが)が外れ、このように不況閉塞感がまん延すると、人間としてあるまじき狂気にさえ、・・そういうこともあるんだなと、内心アキラメにも似た口実に連なる気持ちがひとりひとりに生まれると、その病巣がこの国の命運を決めかねない。早晩、外国から、小さな生き物を殺していると「霊の国」という看板を降ろされるだろう。

◆後者について、この国には、喉元過ぎればと危機意識が薄く、世界の天候異変をわが脳天の一針≠ニ生かさず環境を軽視していると、その内、「天変地異」の天誅(てんちゅう)が下る!
それが関東大震災を予知する記事を雑誌に寄せていたという寺田寅彦先生のご託宣だけに重い。くわばらくわばら。


【2002年9月編集後記】
◆教養や時代が人物をつくるという見方はあるが、時空を超え、古今東西の万巻の書との死闘は、まるで蜘蛛の巣の中でもがき、あえぐ蝶にはなる。「どこかの変人という程度ではなく、ケタ外れかつスケール大きな奇人や異能のひと探し」の旅を続けて久しい。タイジン(大人)に、連れ添う役者を演じる猫の存在をしばしば発見するからだ。

◆わたくしを含める共通項は、「猫の・・・好奇心と・・・独創力」であるのかもしれない。・・・兎に角、その大人物の〈実像〉を垣間見るという至上の悦びが車椅子のエネルギーの源泉にもなるからだ。が、七月号で紹介した岡倉天心の愛猫への恋文にはオドロキましたね? 

◆寄贈するため送り出した世界のマスコミや天心ゆかりのボストン美術館、親日の世界的に有名な大学から打てば響くとなる反響が待たれる。果報は寝て待とう。

◆読者の方々から、うれしい歓呼の反響(感性ともいえる)をいただきました。感動しました。感動の余韻があるうちに電話した=i国営放送テレビ局局長)おどろいた。もっと威厳のある強面(こわもて)を天心に抱いていたイメージが変わった=i芸大出身の写真家・上野昌子さん)等々あるいは電話やファクスやメールをいただきました。カナダ・トロント在作家梶原由佳さんからもうれしい感動メールをいただいた。 


【2002年8月編集後記】
◆色いろいろ。こともあろうに自民党派閥の親分・長老が日本代表のサッカー選手の赤髪が日本人の代表として相応しくない、恥ずかしいと強心臓にもケチをつけた。・・それもサッカーで国民が熱塊になっているその真っ只中にだ。

◆自らまっ金色の同僚を抱えた親分は、国民を代表している代議士として一片の恥じらいはあったのかという思いが頭中を巡りまわりにがにがしい∞バカバカしい≠ニいう固体になった。
◆金色のゲスが逮捕され溜飲を下げたと思ったら、人気の連載『犀星と猫いろいろ』をお願いしていた室生朝子さんの訃報に接し暗い気持ちになってしまった。

◆父上の地元・金沢に室生犀星記念館が「8月1日にオープンするので、ぜひ一緒に行きましょう。金沢は食べ物もお酒もおいしいし、あちこちご案内しますよ」と大層楽しみにしておられたので、最近入退院を繰り返えされてはいたが、それまでは頑張っておられるのだとスタッフと話していた矢先に逝かれた。あと一月ちょっとというところで.・・・。

◆連載の打ち合わせに詩人の山本さんと、ご一緒に来てくださったことがあった。出版界、本のこと、今は昔の地元・馬込文士村のことなどに花が咲いた。「あなた面白い人ね。昔と違って編集者と親しく話すことも無くなったのよ。だから今日は楽しい楽しい」とはしゃがれたのが印象的に思い出される。

◆『ねこ新聞』六月号の表紙の詩はお父上、室生犀星の「猫のうた」である。私の資料中この詩や今月・八月号の堀口大学の詩「犀星詩人昇天の日に」が掌中にあった。昨年、初めて朝子さんにお目にかかった折、時の記念日に合わせ来年の六月号に掲載をおねがいすると「お父様の詩のなかに猫の詩がありましたか。それはよかった」と驚かれまた喜んでくださった。

◆それから一年、初めて登場ねがった犀星氏の詩を見ながら6月19日に亡くなられた不思議な偶然に改めて表紙に見入った。ご冥福をお祈りいたします。


【2002年7月編集後記】
◆かれこれ3〜4年前、障害者総合美術展へ横浜まで出かけ、田中瑞木さんの夕焼けに包まれる猫に、立ち尽くし感涙してしまったことがあった。・・・自由奔放。無類の型破りで美しく輝く田中さんの猫には神様が宿ると思った。圧倒的にすごい。スゴイ!を思わず連発し、「内に神様がいますね」と隣りにいらしたお母さんにささやいたことが蘇る。

◆念頭にあった岡倉天心。その豪放磊落(ごうほうらくぃらく)で創造的な世界の天心と組み合わせる絵は瑞木さんの他にないなとひそかに想っていた。

◆今月号のラフが決まった直後、モスクワからくる天才猫たちの「世界でたったひとつの猫劇場」のお知らせ案内をと委員会の方が来訪。

◆一昨年、その人間の俳優も顔色ナシの演技・演劇には、底流に流れる国の文化の歴史とその認識のわが国との差を痛感したことがあった。

◆黒一色に塗られたムネオに重なりがちなロシアの面目躍如。わが国には相変わらず暗いことが連発しうんざり。百聞は一見。憂さ晴らしか、お払いしましょう!


【2002年6月編集後記】
◆血で血を洗うパレスチナ紛争の直接の原因を作ったのはイスラエルです。具体的に、二つです。・・・ひとつは、ユダヤ系資金に支えられた〈シオニズム運動〉― 時は旧約聖蕃までさかのぼる。神に選ばれたというユダヤ人が神が約束した地パレスチナ≠ノ移住し、世界に離散したユダヤ人が強引に郷土を建設しようとするもの。もうひとつは1948年5月〈ユダヤ国家イスラエルの建国宣言〉でした。

◆追い出され権利も宗教・文化も奪われ、住んでいた多数のパレスチナ人がヨルダン川西岸を中心に難氏としてテント生活を強いられ、あるいはアラブ諸国をはじめ世界に離散していった。一方イスラエルは郷土の拡大に狂奔する。その緕果、今日の紛争につながりました。

◆米国の支援のもとにミサイルや飛行機を含めるあらゆる近代武器を装備するイスラエルに立ち向かうパレスチナ人愛国者達は自動小銃しか持たないのだ。闘う術のない絶望的な彼らは勢い自爆するような非常手段に走ることしかない。・・・・知識人中心に世論の同情を集めるということは自明の理だ。

◆米国の強力な後ろ盾に、国連の決定をも無視するイスラエルを考えると一時の小康は期待されても今後、劇的な平和が来るとは考えにくいですよね。テレビで大写しになった、追い詰められてゆく「時のひと」年老いたヤセル・アラファットの疲労困憊が目立つ。モタモタと、わたしはイスラエルに屈服し国民を裏切るより殉教者(MARTYR)になるのだ!≠ニいうのが凛としつつも悲壮と虚ろに響き哀れで胸が痛む。

◆かつての親米アラブも口を揃え「親米頼るにあらず」といい、世界の世論が米国一辺倒ではない。赤ンベーだ!

◆かの地の平和は、アラブで一番信用がある猫さまに祈るのは一計に違いない。


【2002年5月編集後記】
◆野良猫の生態研究で理学博士を取り世界に論文を発表している学者がいる。言わずと知れたわが人気連載「ノラネコロジー」の筆者である山根明弘さんだ。

◆そこで、先月の先憂が案の定。野良猫の背景と現状に無知な人達がまとめたらしい3月22日付環境庁・中央環境審議会が、労作「ペットの飼い方」という答申中に、近所迷惑だし事故や病気の恐れからネコは室内で飼う≠ニある。が、野良猫とそれを世話する人達の市民権は無視される。

◆本紙は野良猫についてはノラネコになった事情を考える。人間に捨てられ、惨殺され、虐待される彼らを世話する市民を含めたネットワークを考えねば、小さな命を、ひいては人命を軽視することを助長すると危惧する・・・富国強兵ならぬ、「富国強猫」運動を提唱している。即ち猫がゆったりと寝ながら暮らせる国は心が富む国である≠ニいう理念を掲げる。

◆表紙について…、日本画家町田久美さん(復刊記念号表紙絵)はわが画境を往く・・・知性と直観力に裏付けされた構想力に練達の筆さばきを加え、それを品性豊な劇的な美術にまで高める。この度、奇想天外な「4人の猫のジャズメン」を描かれた。それに相応しく、不思議な予知能力に優れた稀有な明治の天才大物理学者・エッセイストであった寺田寅彦さんの筆による「猫のピアノ」に共演していただく。煌(きらめ)く新緑を愛でる饗宴のひとときをどうぞ。


【2002年4月編集後記】
◆どうせ小人閑居(しょうにんかんきょ)して不善をなすの類だろうか。「雲泥の差」とでもいうのか野良猫について見方が東西真二つに分かれる。

◆イタリアから、ローマ市「動物権利」担当室いわく、「いまや猫は遺跡の一部になっており、その文化的な価値であり文化遺産に認定した。さらに、病気の猫の世話をするボランティア団体は、次は資金援助を求めている」と。

◆わが国の大手の報道では環境省いわく、「猫が外出せぬように法律化する」という愚策。これは猫の嗜好というより国民の心、役人わからずという役人の資質の差だろう。文化の差とか民度差とか一蹴しかねぬ。座視せず。

◆・・・ある時タイ国軍事政権がノラ犬・猫狩り≠発表したところ、国民の猛烈反対抗議で潰されたことがあったと駐タイ経験があり当時の事情をよく知るというタイ大使館日本人館員から取材したことが印象的に思い出される。詳しくは、小乗仏教の国ですから国民個々人に慈悲心が徹底しているから潰されたのですよ≠ニいう。

◆葬式仏教になり落ちたといわれ、猫惨殺は当たり前、殺人も当たり前の狂気が走る大乗仏教国家の国民として恥じ入ったものだった。環境庁の賢人ぶってる役人どもには、〈衆生殺生〉(・・・・生きとし生けるものを殺さぬ)という無慈悲の心は死語なのだろうか。

◆もとよりだます人間よりねこの方がましだ≠ニいう世相は届いてないでしょうね。声高な経済至上主義小泉首相にはブッシュに心身を捧げても、心の改革を考える余裕はないことでしょうね。

◆ところで、あなたの尊敬する英国の専門紙にはのら猫を救う全国クラブの話題は頻繁ですが・・・・ローマと野良猫については本紙でローマ詳報を急遽準備中。


【2002年3月編集後記】
◆ひとの口から口に話が伝わることを―米人は、よく葡萄のツルが添え木に伝わり次から次に伸びる姿に喩え―グレープ ヴァイン ウエイ(Grape vine way )いうように表現する。

◆漫画家の鈴木義司先生が、イラストレーターの山城隆一さんを誉め称えた12月号の文章を読まれた作家・出久根達郎先生から同令夫人に伝わり、大変喜ばれた由。山城先生の事務所の方が、先生のイラストカレンダーや絵葉書を抱え、鈴木先生のところに来られたそうで、「とてもうれしい・ ・ ・出来事でした。『ねこ新聞』のおかげだと喜んでおります」と連載中の作品・原稿に添えてくださった。うれしいツルは天まで伸び続けてくれ!

◆3月号向けの『劇中劇の名優たち』という俳優・作家 加藤剛さんの惚れ惚れするようなハイブローな原稿には生きた一匹の猫が潜んでいました。「『ねこ新聞』は人のために、猫が出している新聞みたいなところがあって実に面白いなと拝読しました」と加藤剛さんからのメッセージ。猫は猫であると喝破したのは猫好きの禅の哲人鈴木大拙(すずきたいせつ)であったか。

◆内外で大活躍中の異才画家出町千鶴子さんの、オーストラリアの「死を待つ子供達」のための医療ボランティア〔パラダイスキッズ〕支援チャリティグループ展「Q人展」に行ってきました。平面あり、立体ありの力量のある楽しい展覧会でした。出町さんから、「ねこ新聞・毎日新聞の多くの読者が来場下さり多分のご協力いただき感謝。よろしく」と。



【2002年2月編集後記】
◆先日、大新聞社の読者欄に、「紙面の品性」は、国民から信頼される新聞の第一条件であり、わいせつ性の強い雑誌広告がひどいと槍玉に上がっていた。・・・とまれ、おかげさまで、広告ナシで復刊1年目を迎えることが出来ました。子供だまし程度に違いないとおもわれた節もなくはなかったが、下卑に流れる大勢に、棹を入れ、「たかが猫」「されど猫」だという気構えで夜に日を継ぐ文字通り死に物狂いの「蟻の歩み」で、何とか、やっと一里塚に辿りついたという心境です。・・日暮れて道遠し。精神的な支えは、・・読者・作家・制作各位の厚意や不屈の犠牲的協力の他ございません。

◆その上、ねこへの愛情深く温かい無類の品位高く美しい『ねこ新聞』だという身に染みるお誉めや励ましは大きな支えでした。さて、殺戮があくなく続き世界中が戦争モード≠ノなる昨今。とかく〈富国強兵〉という激流に足をすくわれるのではなく、猫がゆったりと眠れる国は心が富む国という=@―猫を捨てない、虐待せず、―生きとし生けるものを殺さず慈しむという−衆生殺生(しゅうじょうせっしょう)という仏教固有の精神を受け止める「富国強猫」運動にはいよいよ好機到来!?

◆・・・・その実行案作成を急がねばと想いつつ・・・・・『ねこ新聞』手元不如意・わたくし自身の体力・スタッフの余力今だになし。『ねこ新聞』が貯め込んだ関連情報・ノウハウ等を今こそ立ち上げる、広く深く協力大勢を固めるチャンスとは確信して疑わぬが…。諸兄、諸姉あるいは関心ある良心的な企業等を含めるみなさまの積極的なご意見を待ち青図を描こうと決意する。

▲トップへ
ホーム | 最新号紹介 | バックナンバー | ねこ新聞のあゆみ | 味読FAQ | 富国強猫 | 編集後記 | リンクサイト | グッズ | 購読のお申し込み