「ヨリとツネ」      井坂洋子(詩人・エッセイスト)



 猫は紙が好きなのだろうか。食卓に原稿用紙や新聞紙をひろげると、きまって乗ってくる。そして前足をぴたっと揃えて座る。やがて目を閉じウトウトしだす。

 この三毛猫はいま家にいる猫のうち一番の古株だ。十七年前に、娘が下校中、道路脇に捨てられたダンボールのなかから拾ってきた。三毛だけではない、もう一匹痩せっぽちでヨタヨタ歩く黒縞も。同時に生まれただろうに、どう見ても活発な姉とひよわな弟のコンビである。娘は頼朝と義経と名づけた。義経はまあいいとして、頼朝? だって女の子でしょと私が言っても娘は頑として譲らない。

 「じゃあいいわ、ヨリって呼ぶから」

 「勝手に呼べば」

 まったく憎らしい。こっちだって言葉のコトしてるんだから(詩を書いてる)、どんな名前をつけるのかと興味をもたれることだってあるんだし。

 案の定、何年かたってだが「どんなお名前」と聞いてきた年上の女性詩人がいた。しぶしぶヨリですと答えたら、「猫って足元にすり寄るものね。寄る、寄り、いいお名前ね」と感心された。

 ヨリはひよわな弟のことをそれは愛した。しょっちゅう舐めて毛繕いしてやり、どこに行くにも一緒。姉は足が長くすらりとしてなかなかの美猫だが、弟の方はしっぽも足も短く、おまけにいつまでもひよわなイメージがつきまとった。

 そのころ、娘の家庭教師に来てくれていた大学生のイトコ、章子ちゃんが、うちに来るたび羨ましそうにしていたが、「ショウコも欲しい。一匹ちょうだい」と言いだした。  いまだったら私はあげないかもしれない。けれども当時はまだ猫づきあいの日も浅く、猫中心にものを考えられなかったと思う。猫の授受なんて誰だって気軽にしていることじゃないか、と義経を渡した。章子ちゃんは、毎週義経を必ず連れてくるからね、と約束してくれた。

 義経はその日以来、ツネ(章子ちゃん命名)となり、約束通り毎週車に揺られてやってきた。肩にツネをかついだ章子ちゃんが家の戸をあけると、ヨリが待ち構えていて二匹は大はしゃぎ、庭じゅうを駆け回った。その姿はじつに感動的だった。

 けれど、しばらくして「ツネが車に酔うから」と章子ちゃんは連れてこなくなった。ヨリもいずれ忘れるだろうと私は思った。それから一年ほどたっただろうか。章子ちゃんは公園で子猫を拾い、その子のことをツネがよく面倒みている、その子が高い木に登って降りてこられなくなったら、下でツネがずうっとオロオロしてるのと言った。

 ある日、章子ちゃんはひさしぶりにツネを車に乗せてやってきた。そしてその子もついでに連れてきた。

 ツネはまことに立派なオス猫に成長していた。昔日のひよわな面影はまるでない。風格のある面構え、堂々とした歩き振り。思わず娘と顔を見合わせたくらいだ。懐かしいのか部屋部屋を行き来している。そのあとを小さな猫がついて歩く。

 庭にいたヨリが部屋にあがってきた。子猫に近づきにおいをかごうとしたその時だった。ツネがヨリに向かって低く唸り始めたのである。ヨリは信じられなかったろう。ヨリばかりか私までショックを受けた。ヨリはくるりと背を向けると庭に出て行った。仲の良かった姉弟はそれきり決裂した。

 数年後、ツネは、とても可愛がってくれたという章子ちゃんのおじいさんが亡くなると、家を出た。家族が手分けして探したようだが、二度と戻らなかった。男気のある彼らしい。

 ヨリの方はメスとオスの二匹の子を産んだ。息子はツネと同じ黒縞だった。ツネにとっては甥っ子の彼は、ツネに容姿は似ているもののひどく甘えん坊で、大きくなってもヨリの足元にどてっと寝そべり、ヨリに毛繕いしてもらうことを無上の喜びとしていた。ヨリも彼にツネの面影を求めていたのかもしれない。



井坂洋子(いさか・ようこ) 1949年東京都生まれ。上智大学卒。『朝礼』で詩人としてデビュー。82年第三詩集『GIGI』(思潮社)で第33回H氏賞受賞。95年『地に堕ちれば済む』で第25回高見順賞受賞。著書に『〈詩〉の誘惑』(丸善ブックス)、『月のさかな』(河出書房新社)、『永瀬清子』(五柳書房)など。