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「猫四匹と犬一匹」 立松和平(作家)
ほぼ七年ぶりに我が家に犬が来た。ポチが死んで七年たち、札幌に住む息子が犬を連れてきたのだ。息子が犬をもらってきたら、おなかの中に子供がいて、ほとんどはもらい手が見つかったのだが、どうしても一匹残ってしまった。マンションで二匹飼うのは無理で、東京の我が家で飼うことにしたのだ。私は旅が多いので、犬がいれば妻は安心なのである。
名前はチャッピーとついていたのだが、ポチとした。一代目のポチは拾った犬であった。我が家で二十年近く生きて、一九九八年3月二十日に老衰で死んだ。どうもポチの思い出が強く残っていて、次の犬もポチと呼ぶことにした。二匹とも同じくらいの体格の中型犬で、姿もよく似た雑種犬である。一代目はスピッツ系統がはいっていたのか、よく吠え、やかましかった。二代目は静かで賢そうである。我が家には現在四匹の猫がいる。彼らがどのような反応をしたか。一斉に反発したのである。
一代目のポチを知っているのは、推定年齢十四、五歳のブーしかいない。ブーはすっかり老いぼれ、食も細くなり、痩せてしまっている。家には猫専用の出入り口があり、大小便をしようと、そこから出て地面に降りると、狭い庭で放し飼いにしている三歳の若いポチが、おもしろがって追っていく。野良犬野良猫しかいない我が家では、正しい年齢がわかることは珍しい。三歳のポチとすれば、遊んでもらいたいだけなのだろう。猫たちはあわてて樹上などに逃げていく。猫とすれば、とんだ迷惑なやつが来たということなのだ。
チムとナナとタマは外に出て、なかなか家に戻ってこないようになった。ブーは家の中にばかりいて、外に出て行かなくなったのだ。これまで大小便は外の庭にしていたのに、家の中で粗相することもあった。飼い主としては不潔でたまらないのでブー専用のトイレを室内に設置すると、おもらしはなくなった。
犬が来たのは、猫とすれば重大事件であった。穏やかな暮らしが奪われたということなのだ。腹が減るので、家には帰ってくる。家にはいる際に、猫にとっては重大な決意がいるに違いない。
ポチが我が家に住むようになって、なんとなく用心はよくなった。一日に一度は散歩に連れて行かねばならないが、ひたむきに主人を見る仕種がなんともいじらしい。何もしない猫を、もちろん私はおとしめるつもりはまったくない。猫はマイペースを崩さないことによって、その生き方を人に見せているのである。猫はそこにいるだけで癒されるということだ。
猫にすれば、大変なことにマイペースにふるまっていることができなくなったのである。こうしてほぼ半年が過ぎた。最初に犬を手なづけたといえるのは、最年長の雄のブーだ。ポチが遊んでもらいたくて寄っていくと、歯を剥きシャーッと声を出して威嚇する。ポチはおびえて後退りし、しゅんとなる。
玄関と居間の間の戸を開けておくと、ポチが居間のほうをのぞいていることがある。そこにはたいていブーがいる。ポチはまるでそこにブーがいないとでもいうかのように、目を合わそうとはしない。一瞬にして上下関係は定まったようである。老いぼれのブーも、なかなかやるものだ。
やがてチムもナナもタマも、家に戻ってくるようになった。ポチも猫と見れば追いかけるようなこともしなくなったのである。昔、一代目ポチのそばをブーは恐れることもなく通り、並んで眠りさえもした。そこまでの関係になるかどうかは分らないが、相当落ち着いてはきたのである。
こうして動物が増え、私が旅行に誘っても、妻はなかなか腰を上げようとしなくなった。それが我が家で最も変わったことだ。
立松和平(たてまつ・わへい) 1947年栃木県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。在学中に「自転車」で早稲田文学新人賞。宇都宮市役所に勤務の後、79年から文筆活動に専念。80年『遠雷』で野間文芸新人賞、93年に『卵洗い』で第八回坪田譲治文学賞、97年「毒―風聞・田中正造」で毎日出版文化賞受賞。02年3月、歌舞伎座上演「道元の月」の台本を手がけ、第31回大谷竹次郎賞受賞。著書に『光の雨』(新潮社)、『猫月夜』(河出書房新社)などなど。近年は自然環境保護問題にも積極的に取り組む。
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