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「雨の中の猫」 関川夏央(作家・評論家)
イタリアの海辺の町は雨である。アメリカ人の若い夫婦が、小さなホテルに逗留している。
妻は二階の窓辺にいる。そこから雨の広場が見える。広場の向かい側のカフェの入口に給仕が立ち、所在なさげに表を眺めている。
彼女は、窓のすぐ下にねこがいることに気づいた。雨ざらしのテーブルの下にもぐりこんで、濡れまいと懸命に体をちぢめているのは、仔ねこだ。
あのねこを連れてくるわ、と彼女はいった。夫は、さっきからずっとベッドの端っこに寄りかかって本を読んでいる。
ホテルの表に出ようとしたとき、メイドが素早く傘をさしかけた。親切な経営者に、そうしろといわれたのだ。
しかし、もうテーブルの下の仔ねこはもういなかった。彼女は深く失望した。
「あの、何かお失くしになったのですか、奥様?」
メイドがイタリア語で尋ねた。そうだ、彼女は何かを失くしたのだ。
ヘミングウェイの初期短編「雨の中のねこ」である。彼は、これを、24、5歳で書いた。
1922年、ヘミングウェイは新婚の妻といっしょにパリへ行った。23歳だった。
第一次大戦後、世界の最強国となったアメリカは活気に満ち、がさつな発展のさなかにあった。一方、人類史上初の「総力戦」で疲幣しきったヨーロッパは虚脱していた。逆にいえば、外国人には居心地のよい状態だった。ヘミングウェイ夫妻はパリを足溜りとしながら、ヨーロッパ各地を旅した。
「雨の中のねこ」はその経験の反映である。
「あのねこ、とてもほしかった」部屋に戻った妻がつぶやいた。
彼女は鏡の中の自分の顔を見ながら、髪をのばしたい、ともいった。いまは男の子のような髪型なのである。
髪をのばしたいだけではない。借りものでない銀の食器で食事がしたい。ろうそくがほしい。新しい服をすこしほしい。
妻はほしいものを並べ上げた。よせよ、と夫にいわれてもやめない。要するに、もう旅なんかいやだといっている。
「とにかく、ねこがほしいわ」彼女はいった。「ねこがほしい。いますぐほしい」
ヘミングウェイ夫妻はこののちもヨーロッパをめぐりつづけた。しかし、1927年はじめ、彼が27歳のとき離婚した。その夏、二度目の結婚をし、翌年、アメリカへ帰った。
この小説は、つぎのように終わる。
夫は妻のさびしいつぶやきに、もはや興味をしめさない。窓の外、暮れかかった広場の雨は、いっこうにやまない。
そんなとき、部屋の扉をノックしたのは、さっき傘をさしかけてくれたメイドだった。太った三毛ねこをぶらんとかかえていた。
メイドはイタリア語でこういった。
「主人からこれを奥様にお持ちするよう、いいつかりました」
とかく若い夫婦の関係というものはむずかしい。ことに、夫が「野心的」性格で、それなのに(それゆえに)「放浪」をやめないとすれば、妻は不満だろう。
結婚なんてしなければいいのにとも思うが、ひとりでいるのはさびしい。しかし、ふたりでいるとなると疲れる。
仔ねこは妻自身のようだった。それは保護すべき対象であり、また、ふたりの間の隙間を埋めるはずの、やわらかくてあたたかい何ものかだった。
彼らの年齢であった頃の私が、旅行中みたいな不安定な気分でいたのは、失業のせいだ。彼女の帰りを、毎日ねこといっしょに待っていた。つまり私は、この小説での妻に似た立場だった。
だが仕事が見つかり、それに熱中するようになると、ねこを構うことをやめた。かわりに彼女がねこを愛した。別れて30年にもなるが、わたしもまた「雨の中のねこ」を見失ったのだ。
関川夏央(せきかわ・なつお) 1949年新潟県生まれ。 85年日韓文化摩擦を主題とした『海峡を越えたホームラン』で第7回講談社ノンフィクション賞。98年、漫画家・谷口ジローとの共著『坊っちゃんの時代』で、第2回手塚治虫文化賞、アンティリオ・ミケルッツィ賞(イタリア)。01年には、人間と時代を捉えた幅広い創作活動により、第4回司馬遼太郎賞を受賞。03年『昭和が明るかった頃』で第19回講談社エッセイ賞。主な著書に『退屈な迷宮―北朝鮮とは何だったのか』(新潮社)、『白樺たちの大正』(文藝春秋)、『現代短歌
そのこころみ』(NHK出版)などがある。
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