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「我輩も猫である」 ジェームス三木
たとえばサカナを焼く匂いがすると、ネコ はかならず、鼻の頭の黒い部分を、ペロリと なめますね。あれはもっとよく、匂いをかぎ
たいからです。つまり鼻の頭を濡らすと、匂 いの信号が、よりよく伝わるんですね。
人間だって同じでしょう。鼻がしめってい るほうが、匂いに敏感なはずです。じめじめ した場所ほど、匂いは強いですからね。
ところが悔しいことに、人間の舌はみじか くて、自分の鼻の頭まて届きません。いや自分は届くという人が、どこかにいるかも知れ
ませんが、よほど鼻の長い場合は別として、 一般的には届かないでしょう。人間はネコに 負けているのです。
またネコは、物音がすると耳をピンと立て て、音源を探ろうとしますね。ドアの外に近 ずく足音で、それが誰かを察知するほど、聴
力が発達しているのです。
人間も耳をそばだてるといいますが、それ は言葉の上のことで、実際に耳がピンと立つ ことはありません。たまに耳たぶが動く人が
いますが、あれは聴力と関係ないでしょう。 人間の耳たぶなんて、メガネをかけるときし か、役に立たないのです。
ネコがイヌほど従順ではなく、人を小馬鹿 にしたような目で見るのは、たぶん人間の嗅 覚や聴力を、見くだしているからです。私は
謙虚な人間なので、ネコを尊敬しているし、 さまざまなことを学びます。
だいぶ昔ですが、こどもが小学生のころ、ネコの子を拾ってきました。これが生まれたばかりで、目も開いていないんですね。私は当惑しながら、飼っていたマルチーズのギャビーに見せました。
「お前、育ててくれるか?」
母性本能の強いギャビーは、喜んでうんと うなずき、子猫をペロペロなめました。こう して飼い犬と野良猫は、義理の親子になりま
した。子犬を生んだばかりのギャビーは、イ ヌの実子とネコの養子を差別することなく、 公平におっぱいを飲ませて育てました。ほん
とに頭が下がりましたね。
何ヵ月かたって、私は驚くべきことに気づ きました。すくすく育った子ネコがですね、 ニャーニャーと鳴かずに、ニャンニャンと鳴
くのです。初めは変なネコだと思ったのです が、これはネコの鳴き方ではなくて、イヌの 鳴き方だったんですね。まさかイヌのおっぱ
いを飲んだからではないでしょう。育ての親 がワンワンと鳴くので、その影響でニャンニ ャンになったわけです。
「うーん」 私は唸りました。ネコは生まれながらにし て、ニャーニャーと鳴くのではない。母ネコ がニャーニャーと鳴くから、それを真似てニャーニャーと鳴くのだと、歴史的な発見をし
たのです。イヌの親子がワンワンと鳴くのを 聞いて、自分もワンワンのつもりが、ニャンニャンになるんですね。
鳴き方は本能ではなく、環境と学習によっ て決まるのです。人間だってたぶんそうでし ょう。私はそれ以来、こどもの前では乱暴な
言葉を使わないように心掛けましたね。
しばらくすると、まだ面白いことがありま した。元気に成長した子ネコが、家の中を走 り回って、畳や床をひっかいたり、おかずを
盗んだりするので、食事や来客のときは、深 いダンボール箱に入れたんですね。寂しがっ てニャンニャン鳴くとうるさいので、マルチ
ーズの親子と一緒に。
すると子ネコは、ジャンプ力がありますか ら、易々とダンボール箱のふちを、飛び越え て出てくるのです。それを見たマルチーズの
親子は、自分たちも飛び越えられると思い込 んで、ピョンピョン跳ねては、壁に激突して 墜落するんです。
私は笑ってしまいましたね。他人にできる ことは、必ず自分にもできると、自信過剰に なってはいけない。おのれを知ることが大事
だと、これが私の得た教訓です。
ジェームス三木(じぇーむす・みき)
1935年旧満州奉天(瀋陽)生まれ。 大阪府立市岡高校を経て、劇団俳優座養成所に入る。55年テイチク新人コンクールに合格、13年間の歌手生活へ。67年「月刊シナリオ」のコンクールに入選し、野村芳太郎監督に師事、脚本家となり現在に至る。主な作品に、「澪つくし」(第7回日本文芸大賞脚本賞)、「父の詫び状」(プラハ国際テレビ祭グランプリ)、「独眼竜政宗」(プロデューサー協会特別賞)など。他に舞台演出、映画監督、小説、エッセイなども手がける。
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