|
「猫」と「ねこ」 高村 薫
個人的な感覚では「ねこ」と書くのがふさわしい生きものについて、いざ書いてみるとひらがな二文字では読みづらいことに気づいて戸惑い、漢字の姿かたちがあまりよろしくないと思いつつ、あえて「猫」と書く。すると「猫」は、何だか急に鳥獣戯画に描かれた生きものに似てきて、人との暮らしとはかけ離れたどこかの時空で、いまも好きに飛び跳ねたり笑ったりしている何ものかのように思えてくるから不思議である。たったいま発見したそういう「猫」について書くのも悪くないと思った。わたくしの家に住まう「ねこ」どもは、今日から「猫」である。
それにしても生まれたときから手の届くところに猫がいるという暮らしであったためか、わたくしにとって猫はいまさら特別に観察するものでなく、ましてや言葉を費やして表現しようと思う対象ではなかったことをあらためて思う。はじめに「猫」と書いたが、しかし猫とは何ものか。そうしてまたぞろ考え込んでいる自分を発見し、それから可笑しくなって、そうか、これは空気のような家族の誰かれについて書くときの戸惑いに似ているのだと気がついた。なるほど、あらためて言葉にするような構えが似合わず、そこそこに平穏である代わりにこれといったかたちもない、そういうやわらかい日常生活の一部であるから「ねこ」だったのか、と。
さてしかし、飛び跳ねたり笑ったりというどこかの時空の「猫」は幻想である。拙宅の五匹の猫を見ていると、彼らは気が向けば相手かまわず相撲を取り、手近にあるもので戯れ、ときには追いつ追われつの狂騒を演じたりもするが何かしら怒ることはあっても呵々と笑いはしない、一日の大半の時間を寝て過ごし、目が覚めれば毛繕いをし、あくびをし、のそりと起き出して場所を替えるとまた寝入り、腹が減ると三々五々台所に集まってきて餌が出てくるのを黙然と待ち、出てこなければまた何ということもなく寝て過ごす。野山で暮らしていた数万年前の彼らの先祖をわたくしは知らないが、猫はそもそもあまり活発に動く生きものではないようである。
彼らの出生はいずれも定かでない。あるとき下水溝で死にかけていたり、飢えて動けなくなっていたり、カラスに襲われていたりしたのを人間が拾い、これが快適だろうと人間が思う環境を人間が与えて、彼らはある日飼い猫になった。そうして生き延びた代わりにもともとの自由を奪われてある彼らの暮らしは、さながら小さな動物園のそれのようであるが、平穏な半面、彼ら自身がこの暮らしをどう感じているのか、そういえばわたくしは知らないのだと気づいてハッとする。
人間の眼にはそれぞれに性格や表情があるように見え、人がいないとさびしがり、すり寄ってきてはやわらかい声で啼いてゆくこともあるが、それをもって人間になついたとか野生を失ったとか言う前に、彼らはむしろ生存の本能に従って新しい環境に適応したと言うべきだとも思ってみる。片や人間のほうは、犬のように積極的に生活の役に立つわけではない猫をどういうわけか飼い、日々何となく眺めてはなにがしかの感情生活の一部としているのである。思えば人間と動物のこの共存は、幻想や擬人化のはるか手前で、ただひたすら不可思議である。
しかしそういえば、猫の暮らしはおおむね静かである。飼い猫になってからというもの食いものや縄張りをめぐる争いも遠のき、病気も知らず、避妊や去勢をされたことも自分では知らず、野生では考えられない二十年近い長寿を何ということもなく全うしてゆく。ひどく多忙で騒々しい飼い主の人生のかたわらで、彼らのこの静けさだけは幾代も変わらない。彼らが知らぬ間に老い、毛の艶を失って痩せてゆき、動くのをやめて数日で逝く一方で、そうした生命の自然を眺めてもなお、何事か考え込むわたくしがいる。わたくしの「ねこ」は、最後のところでやはり「猫」にならない。
高村 薫(たかむら・かおる)
1953年 大阪生まれ 作家。 国際基督教大学・仏文科卒。商社勤務を経て、90年デビュー作『黄金を抱いて翔べ』(新潮社)で日本推理サスペンス大賞受賞。
93年『マークスの山』(早川書房)で直木賞受賞。代表作『レディ・ジョーカー』(毎日新聞)は石原プロダクションにより映画化され12月公開予定。近刊に『晴子情歌』(新潮社)など。
|