「駐車場の友」      神津 カンナ(作家)
    
 いつものように自宅マンションの駐車場に車を止め、ドアを開けて外に出たら、見たこともない黒猫と目が合った。その黒猫、壁際に居住まい正しく、端然と座っている。

「なに?」

 思わず荷物を抱えたまま、ドアを閉めるのも忘れて私は黒猫に尋ねた。きゃつは、話しかけられたことに少し身構えたが、黙って瞬きもせずにこちらを凝視している。しばらく私たちは互いに眼を飛ばし合っていたが、私が負けた。「じゃ、失礼します」

 黒猫の視線を背中に感じながら、私は駐車場を出て行った。

  これが「くろ」との最初の出逢いだった。

 それ以来、私は頻繁に「くろ」に出くわすようになった。仕事を終えて車で帰宅し、駐車場に入ろうとすると、そのヘッドライトの中を「くろ」が横切ったり、駐車場の入口で待ちかまえていたり、あの壁際で正座していたり、まるで私の帰りを待っているかのよう なのである。どういうわけなのか最初は皆目わからなかったが、ある日、その理由がわかった。「くろ」は私の車の下を寝床にしているのであった。

 早朝の飛行機に乗る日、まだ明けやらぬ時刻に車に乗り込もうと、ドアに鍵を差し込んだら、慌てふためいたように「くろ」が車の下から飛びだしてきたのだ。いつもの表情とは異なり、いささか寝とぼけたような、身繕い前の「くろ」を見て、私は思わず笑った。

 すると「くろ」はいきなり不快そうな顔をして私を睨みつけた。「何なんだよ、早すぎるよ、寝てたんだよ。笑うなよ、あんたの髪の寝癖よりましだよ」そんなことばの飛礫が、私にはっしと投げつけられたような気がしたが、そのとき初めて、「くろ」が私の車の下で寝ていたことに気づいたのである。止めたばかりの車は、エンジンの熱が冷めていないから温かい。しかも車の下なら外敵を気遣う必要もない。あい つはその温もりと安全を兼ね備えた、私の車をしとねにしていたのだった。

 しかしなぜ私の車なのだろうかと、空港へ向う道すがら、私は思った。隣のスペースには大きなワンボックスカーがあるし、駐車場にはまだ数台、別の車があるのだ。どれだっていいはずなのに・・・と思う。結局、あいつの寝る時間と私の帰宅時間が、何となく合うのだろうと私は勝手に判断した。

 それ以来、だんだんと「くろ」は厚かましくなってきた・・・と言うか、私を信頼するようになってきた。私の車が駐車場に入り、バックにギアを入れると同時に、もう車の真下の所定の位置に駆け込んでくる。轢きはしないかと私はハラハラするのだが、あいつは、大丈夫、大丈夫。わかってる、わかってる。という感じで、素早く、堂々と、動いている私の車を恐れずにもぐり込むのだ。

 車の下だけではなく、ときにはボンネットの上で寝ることもし始めるようになった。梅の花のような足跡や、僅かばかりの抜け毛が、その証拠である。

 両親と住んでいたころは、我が家にはいつも何かしらの動物がいた。犬も猫も鳥も。しかし一人暮らしを始め、旅も多いし、時間に不規則なやくざ稼業のもの書きでは、なかなか相棒を持つことはできない。そんな今の私にとって「くろ」は、いつの間にやら、大切な友人になった。野良のあいつには、あいつの事情があるのだろうけれど、帰宅しても駐車場にいないと、気になってあたりを探してしまう。たぶんあいつも、車が帰ってこない日は、所在なげにしばらく待って、やがてふてくされてどこかに行くのだろう。
「くろ」が来なくなったらどうしようと、ときどき私は胸がざわめく。でもきっと「くろ」も、私の車が、ある日、駐車場から消えたらどうしようと思ってるに違いない・・・と、何故か私は確信している。


神津カンナ(こうづ・かんな)
1958年 東京生まれ。東洋英和女学院卒業後、渡米。サラ・ローレンス・カレッジ(米国)で演劇を学ぶ。帰国後、処女作『親離れするとき読む本』が体験的家族論として注目され、ベストセラーに。テレビ、ラジオの出演、講演、公的機関や民間団体の審議委員など多方面で活躍中。父は作曲家の神津善行。母は女優の中村メイコ(ねこ新聞24号に『猫のような女に生まれたかった』掲載)。著書に『美人女優』(集英社)、『長女が読む本』(三笠書房)、『あなたの弱さは幸せの力になる』(海竜社)ほか多数。