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「ナマ猫ルド」 佐藤 愛子
昔の幼年向きの雑誌にはよく、縁側で日向ぼっこをしているおばあさんの膝に猫が坐っている絵が載っていたものである。
だが当節はおばあさんの膝にいる猫の絵なんて、見たことがない。第一、日向ぼっこをしているおばあさんがいない。
日向ぼっこをする縁側もない。木と紙と僅かな壁土で出来ていた昔の日本家屋では、お日さまのぬくみというものがとても有難い暖房だったが、床暖房というものなどが普及した今は猫はおばあさんの膝なんぞ必要ではなくなったのだ。
私は娘一家と二階と下との二世帯住宅で暮らしていて、私の方には雑種犬が一匹、二階は雑猫が一匹いる。両方とも捨て犬、捨て猫でべつに欲しいと思って飼ったものではなく、門前に捨ててあったので仕方なく飼っているのだが、向こうも捨てられたので仕方なくここにいる、という気持ちなのかもしれない。犬の名前はハナ、猫はルドという。両方とも孫がつけた名だ。
私は子供の頃から犬好きで、ずーっと犬を飼っていたから犬の気持ちはわかっている。だが猫は初めてなのでどうも勝手が違う。第一犬は表情があるが猫はない。ハナはどんな時でも呼べば飛んでくるが、ルドは常に「どこ吹く風」という趣だ。
「猫に鰹節」というくらいだから、魚で篭絡しようとしても、ちょいと臭いを嗅いだだけで向こうへ行ってしまう。鮪の刺身も鯵の塩焼きも、クンクン、フン!というあんばいで、私はアタマにきて、「このナマ猫め!」とつい怒る。ナマ猫というのは「生意気な猫」を縮めたものである。キャットフードで育った猫はもう魚好きではなくなったのだと娘はルドのためにとりなす。
拾猫だったルドは栄養失調でガリガリに痩せ、目はただれてつぶれていた。それを娘が丹精して大猫に育て上げたのだが、その恩だけはわかっているのか娘にだけはおとなしく抱かれる。だが、他の誰にも身体をさわらせない。無理に抱こうとすると、無言のまま大力で身をよじって腕から逃げてしまうのである。
魚も食べず、ばあさんの膝にも来ない猫。それでもお前は猫か、と私はルドに向かって詰らずにはいられない。この分では鼠が目の前を走っても、知らん顔をしているのではないかと思う。だがこの頃は家鼠がいなくなったから、ルドの捕獲本能が健全かどうかも確かめようがないのである。
そんなある日、娘がペットショップで「鼠の縫いぐるみ」というかフワフワした鼠色の毛玉のようなものを買って来た。鼠の実物も見たことのないルドには、動きもせず音も立てないただの毛のかたまりに小さな黒い目と赤い口と、尻尾がヒョロリとついているだけのものを、
「さあ、ネズミだよ、ネズミ、ネズミ」
といわれても、どうということはないに決まっている。私はそう思っていた。
ところがその毛玉がいたくルドの気に入ったのである。毛玉を前足で投げては捕り、捕っては投げして、恰も捕獲した鼠をなぶっているというあんばいである。暇さえあればそれで遊んでいるので、毛玉はすぐにペタンコのゴミ屑になってしまう。それを捨てるとつまらなそうに寝ているのでまた買って与える。と、忽ち元気が出て毛玉相手に走り廻っている。そのうち、
「ルド、鼠がほしい?」
というと、「ニャッ」と力を篭めた声で返事をするようになった。更に、
「鼠!」
といっただけで忽ち反応して「ニャッ」という。今では、
「ね」
といっただけで、キッと目を光らせてふり向くようになっている。
やっとルドは猫らしくなったのである。しかし、ルドにとって、鼠というものは、「フワフワの毛玉」として認識されているのであろう。鼠が知ったら怒るだろうなぁ。
佐藤愛子(さとう・あいこ) 1923年 大阪生まれ。作家。父は作家の佐藤紅緑、母は女優の三笠万里子、兄は、詩人のサトウハチローという家族構成を持つ。激動した女の昭和史を綴った『戦いすんで日が暮れて』(講談社)で第六十一回直木賞受賞。代表作に、自らの血筋について語った大作『血脈』(文芸春秋)がある。既刊に『我が老後』(文芸春秋)『私の遺言』(新潮社)など多数。
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