君を忘れない   ヒロキ

 愛人が死んだ。
 世の殿方の中には本妻の死よりも悲しいと感じる方もいるのではないだろうか。日陰の身を強いられ、世間様からは「泥棒ねこ」と後ろ指を指され、唯一の望みである「家に入る」ということをかなえてやれなかった後ろめたさや、不甲斐なさに、悲しみと愛おしさは増大する。
 我が家では本妻を「目の中に入れても…」というほどに愛しているので、それは難問・愚問だろう。
 身のほど知らずにも私の愛人(外猫)は1人(匹)ではない。彼等はいつからか、降って沸いたように我が町内にやってきて住みついた。多いときには7匹がそろってご飯をねだりに来る。お皿をいくつも並べて、無心にありついている彼等の姿を眺めるのは、大佛次郎にでもなった気分で実に幸せだ。
 猫好きのご近所さんと話し合い、これ以上野良を増やさない為に、去勢(避妊)手術をし、手術済みの子には首輪をつけた。それでも猫嫌い派には「遠くでエサをやってくれ」と言われた事もある。猫好き派は皆、自分の敷地内でエサを与えており、文句を言われる筋合いはない。しかし、「糞尿が不衛生だ」「泣き声がうるさい」などとエゴイスティックな事ばかりを恥ずかしげもなく言ってくる。猫等に水をかける人間もいる。
 「この子達がわるいんじゃありません。捨てる人間がわるいんです。目障りだからといって、今この子達を殺すわけにはいきません。去勢手術も始めています。うるさく泣く事もなくなるでしょう。この子達の代で野良が居なくなるのを待ってもらえませんか?野良の寿命は3〜4年と短いんです。」と、言ってやったが、彼らには通じないのだろう。クレゾールを撒かれたり、電柱に「植え込みでの糞尿は不衛生です。放し飼いをするな!」という張り紙をされた。こちらも猫用トイレを設置し、動物愛護法をプリントしたものに「首輪をしているのが去勢済みの猫です。去勢には2〜3万円かかります。どなたかご寄付を…」という一文を添えて投函し、応戦した。
 猫嫌い派にはとことん冷たくされたが、その他の方からは、皆とてもかわいがられた。中でもミケちゃん・モミくん・先割れちゃんの3匹はいつも一緒に行動している人懐っこいチームだ。ミケちゃんは三毛猫。モミくんはいつも前足で地面をモミモミしている。先割れちゃんは尻尾の先がYの字に割れている不思議な猫だ。寒い夜は、我が家の軒先の、湯たんぽの入った小屋で3匹折り重なって眠る。朝起きて窓を開けると、もう3匹そろってこちらを見ている。いつ何時でも私がドアを開ける音に気づき、どこからでも飛んでくる。朝の出勤時は3匹そろって途中までお見送り。スーパーに行くにもついて来てしまう。以前、同居人が銭湯に行ったら、中まで一緒に入ってきてしまい困ったそうだ。
 モミくんにいたっては、会えば必ず後ろ足で立ち上がり「抱いてくれ」とせがむ。しゃがんでエサの準備をしているとオンブしてくる。2階の窓から目でも合おうモノなら、向かいの家の木に登り、お隣りのベランダに飛び移り、ロミオとジュリエットよろしく私の所までやってくる。こんなに慕われると、こちらも悪い気はしないのだが、本妻との折り合いはかなり悪く、どんなに本妻の目を盗んで入れてあげても、いつかは寒空に出さなくてはならない辛さを思うと、家に入れる気にはならないのだ。
 私はモミくんを抱いている人を何人も目撃している。それは小学生だったり、若い女性だったり、サラリーマン風の男性だったりと様々だ。彼等はそれぞれの呼び方で名前を呼び、この道を通るのを楽しみにしているに違いない。サラリーマン風の男性は毎晩15分ほどモミくんを抱いてから帰るのが日課のようだ。
 ・・・2月22日(猫の日)、モミくんは突然逝ってしまった。車に轢かれらしい。私が駆けつけた時にはまだ温かかった。亡骸を見ても、暫くは信じられなかった。
 もうドアを開けても彼はやってこない。朝のお見送りの中にも彼の姿はもうないのだ。 私は心のやり場に困り、酒をしこたま飲んで泥酔し、あげく自転車で転倒して、肋骨を折るという体たらく。そして動物と暮らした事のない人間に「たかが猫1匹で…」と言われ、さらに傷つくのだ。 明日からもドアを開けるたびに彼を思い出すだろう。
 最後に、すべての去勢(避妊)費用を出してくださり、猫用トイレをご自宅のガレージに設置してくださっているSさん、モミくんの最期を見取ってくれたIさん、エサを提供してくださったご近所の方々、モミくんを可愛がってくださった皆さんに感謝します。
 そしてみんなに愛をくれたモミくん、今までありがとう。 君を忘れないよ。

 【後日談】サラリーマン風の男性は、先日お墓参りに行ってくれたそうだ。