みみるの失恋   やまだ 紫

 朝起きて部屋の灯りをつけ、ソファに腰掛ける。数秒もたたないうち猫が一匹、まるで待ち伏せしていたかのようにヒザの上に飛び乗って丸くなろうとする。
(ちょっと待ってヨ、トイレ行ったり洗面する前にちょっと座っただけなのよ)
 若い頃なら起きたらすぐにトイレなり洗面なりに直行したものだけれど、体力が衰えてくると、いちいちひと休み、ひと座りしてのセンテンスが要る。そのタイミングに吸いつくようにまとわりつく猫が私専用に、一匹いる。
 十歳のメス猫で、「みみる」という。
 みみるは捨て猫だったのを貰い受けた。拾ったという知らせでその友人の家へ見に行ったら、十数匹も保護されているその家の隅から、一目散に私めがけてすっとんで来て胸にすがられてしまった。連れて帰る縁だと思った。
 みみるは「トーティス」というシャムの血が混ざった猫で、性格はシャムそのままといっても良い。気が強く、飼い主以外にはなつかず、嫉妬深い。体色は黒を基調に、茶やシマなどがめちゃくちゃな色模様をなしている。
 みみるは仕事場にしていたマンションに置いていた。私と連れがいるので当然二人になついても良さそうだが、連れが抱いていじくりまわして溺愛するものだから、はじめは私より連れになついていた。が、そのうち引越しをして家に居たほかの猫たちと一緒に暮らすようになって、みみるは私たちの愛情を一人占め出来なくなり、性格が歪むようになっていった。
 メス猫だからたぶん、たくさん遊んだり抱いてくれたりしていた連れを愛していたと思う。けれど家にいた老猫二匹と引越し寸前に迷い込んできた仔猫と、総勢四匹との共同生活になった。悪いことに、連れは新しく家に来た仔猫のシマに関心を移していた。みみるばかりに愛情が注がれないという現実に、みみるは連れに反感を持つようになっていった。そうしてたまに彼が抱いてやろうと手を出してもすねた娘のようになって手許から飛び出して行く。
 さらには、悔しさのあまりか、ひげが針金のように硬くなり、ぐにゃぐにゃに曲がり、枝毛になり、目の上の毛が薄くなって恨みがましい眼色をみせつけるようになった。彼が他の猫をあやしていると、もの陰から顔を半分だけ出して赤い眼で彼を見据えている。もとより自分のことをお嬢様だと思っており、猫だとは思っていないみみるだ。彼がいくらみみるをなだめようとしても、一度裏切られた「女の憎しみ」のように二度と信用しない気分らしい。
 その代償でもないと思うが、私につきまとって離れなくなった。歩けば足にからみつき、転びそうになる。私以外の人間には抱かれず、娘や幼い孫にまで牙をむくことさえある。
 それがある晩、私が留守をした夜のこと。連れが若いシマと一緒に床について、シマがゴロゴロ言いながら連れの脇で寝付いた頃、居間でじっとそれを見ていたみみるが、シマの大好きな猫ジャラシをどうかして投げたのだそうだ。寝入っていたはずのシマは、お気に入りの猫じゃらしの音に反応し「うにゃっ!」と声を出して飛び出して行き、猫ジャラシをかまっている。
 連れがその様子に苦笑し、やがてふと枕元に気配を感じて見上げてみると、そこに黒い顔をしたみみるの金色の目が彼を見据えていたのだそうだ。
 ライバルのシマを猫ジャラシで追い出し、その代わりに自分が彼の肩口にもぐりこもうとしたのだろうか、その話を聞いて、私はみみるならやるだろうと確信した。
 みみるは私にしかなつかないが、私が家にいないときは連れに呆れるほどの甘えぶりをみせる。なんだか怖いような話だと知人は言う、でも私には哀れに思われるのだ。
 そんなみみるも、もう十歳になった。忙しい時には煩わしく感じる日もあるが、良く付き合ってやろうね、と私と連れは話している。   

やまだ紫(やまだ・むらさき)  1948年東京生まれ。漫画家・エッセイスト・詩人。「COM」「ガロ」で入選後精力的に作品を発表。『性悪猫』『しんきらり』(ちくま文庫)、詩画集『樹のうえで猫がみている』(デジパッド)、エッセイ集『どうぞお勝手に』(中公文庫)など著作多数。近著に猫との出会いと別れを綴った『猫、死んじゃった』(晶文社)が刊行予定。
ホームページ http://www.yamanekonet.com/