猫の犬 出久根達郎
知人のFさんは、マンションの一階に住んでいる。引っ越し魔だが、決まって一階を選ぶのは、Fさんが高所恐怖症だからであった。子供が無いせいで、気ままな生活である。
そのFさんに、子供ができたというのだ。五十代の夫婦である。養子縁組をしたのだろうと思い、お祝いに早速駈けつけた。
ところが、「はい、ただいま」と奥さんが答えたのに、一向に玄関ドアが開かない。何だかバタバタと片づけ事をしている様子である。私は約束の時間通りに伺ったのだが、予期せぬ取り込みでもあったのか。
ようやく、請じられた。一体どうしたのかと見ると、Fさんが大きな猫を抱いているのである。白いチンチラであった。いやがって、もがいている。Fさんがはなすまいとする。もしかしたら、できた子供というのはこの猫か、と思ったら、案の定だった。
夫人が退職して、家事に専念することになった。勤めている時は感じなかったが、日中一人で家に居ると何だか寂しい。
そんな時、知り合いが海外に転勤になり、飼っている猫の身の振りに悩んでいた。事情があって連れて行けない。年を食っているため、引き取り手が無い。
聞き捨てにできなかった。Fさん夫婦は、子供がわりに飼うことに決めた。マンションの管理規程で禁じられているのだが、秘密に飼えばよかろう。さいわい、八歳のチンチラは、めったに鳴かない。鳴いても細い声である。
ところが、予想もしない癖があった。閉所恐怖症である。マンションの狭い部屋をいやがって、戸外に出ようとする。玄関ドアを開けようものなら、音を聞きつけて、脱兎の如く
走ってくる。宅急便さんが開けた時、あやうく飛び出すところだった。元の飼い主は広大な庭付き一戸建てに住んでいた。庭を散策するのが日課だったのである。
「最近はこの子も心得ていましてね。インターホンが鳴ると、どこかへ隠れてしまうんです」夫人がこぼした。「いないから幸いと、ドアを開けますとね、とんでもない。すぐそこに来ていて、さっと・・・」
「いやぁ、肝をひやしたことがもう数回」と、Fさんがあいづちを打った。Fさんの子供は、何を話してるんだ?という顔で、私を見ている。きつい容貌の男の子である。
それから一ヶ月ほどして、Fさんから電話があった。「お子さまはお元気?」と聞くと、例の癖はやまない。仕方がないので、夜、首に綱をつけて散歩に連れて歩くようになったと言う。夫婦で近くの公園を回るという。
「散歩を?いやがるでしょう」
「それが逆。喜んで、時間がくるとせがむんです。綱をくわえてきて、さあ行こうって。散歩してますとね、道行く人がびっくりして、これ犬ですかって」Fさんが笑った。
「あんまり聞かれるからこちらも、犬ですよって、洒落で答えるんです。相手が、まるで猫みたいな犬だって目を丸くしますとね、うちの子が太いしっぽを持ち上げて、ぷるぷると振るんです。犬のように」
後日、Fさんご夫婦をお訪ねした折り、また散歩の話になった。
「一番びっくりなさるのは、通行人より、犬ですよ」と夫人。
「犬?」
「ええ。散歩途中の犬。すれ違う時、こちらは恐いから、さっとうちの子を抱き上げてしまうんですが、するとね、犬がこんな風に目を丸くして、実に不思議そうに見るんです。」
「妙な仲間がいるものだ、と思うんでしょうね」Fさんが笑った。
「うちの子と仲よしになった近所の幼稚園児が、お友だちに説明しているんです」夫人が別の話をした。
「これ、猫の犬だよって。すると、お友だちがね、こう言うの」
夫人が、園児の口真似をした。
「ふーん。猫の犬って、ボク、生まれて初めて見た」
私たちは、笑いくずれた。
出久根達郎(でくね・たつろう) 1944年茨城生まれ。古書店主・作家。92年『本のお口よごしですが』で講談社エッセイ賞、93年『佃島ふたり書房』で直木賞受賞。著書に『猫の似づら絵師』『恋文の香り』(文芸春秋)『おんな飛脚人』(講談社)『猫の縁談』『漱石先生の手紙』他多数。
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