「その時が来た」 寒川猫持(作家)


 本紙に「猫じゃ猫じゃ」を連載してから四年の歳月が流れた。あれからいろんなことがあった。

 猫のめいちまは一昨年の冬、慢性腎炎になり、一時は危険な状態に陥ったが、点滴が功を奏し、奇跡的に回復した。

 ただいまは週に二回の皮下点滴に通っているが、頗(すこぶ)る元気である。

 私は、七年ぐらい前から腹が出て来た。中年太りだと思って、当初は気にも留めなかったが、出る一方なので、何か運動をしなければいけないと考え、合気道の道場に入門した。

 スティーブン・セガールというハリウッドの映画俳優の元奥さんが師範を務める、大阪は十三(じゅうそう)にある合気道天心道場に通うようになったのである。ちなみに、奥さんは日本人である。

 週に三回、一回およそ二時間の激しい稽古であったが、腹は凹むどころか、益々出て来たのであった。

 これではいかんと、ダイエットも試みたが、効果はなかった。

 万策尽きた昨年の一月半ば、床暖房の床に寝転がって、腹を撫でてみて驚いた。正中線を境に、腹の左側が明らかに隆起していたのである。

 CTスキャンの結果、巨大な腫瘍があることがわかり、同年の四月に入院して手術を受けた。

 腹の中から出て来たのは、長さ四十センチ、重さ四キロの脂肪肉腫という悪性腫瘍であった。猫のめいちまより大きい。

 医者の不養生だかなんだかは知らないが、こんなに大きくなるまで五年以上も気がつかなかったとは、われながら恐れ入る。

 文献によると、極めて稀な病気であるらしい。つい最近、治療薬が発売されたが、どこまで効くのかは未知数の状態である。

 すっかり心が折れて、目医者も辞め、家でゴロゴロしている。再発との勝負である。ストレスは少ないのに越したことはないと考えたためである。

 院長があかん言うてる独逸語で

 という須崎豆秋(とうしゅう)さんの川柳があるが、私は日本語であかんと言われたのである。

 むかし、離婚という困難に直面したとき、次から次へとうたが浮かんで、『猫とみれんと』という本になった。

 火事場の馬鹿力というか、どうやら私は困難に直面したときに、なにがしかの仕事をする性質であるようで、今回も『猫持先生随筆帖』なるものを一気呵成(かせい)に書き上げて、電子書籍という形で自費出版したのであった。

 お金がないので、紙本にして上木(じょうぼく)する予定はない。

 猫のめいちまは慢性腎炎、飼い主の私は脂肪肉腫。ともに確たる治療法のない痼疾(こしつ)を得て、ナミダがちょちょぎれるのである。

 医者の私が死を恐れていたのでは、患者さんに対して申し訳が立たないが、めいちまやおばはん(細君のことである)と別れるのは嫌である。なんでんかんでん嫌なのである。

『ねこ新聞』さんは、いつも絶妙のタイミングで原稿を依頼してきてくれる。これが絶筆になるかもしれないのである。

 厚意謝するに余りあり。


 辞世でも詠んで、お応えしたいところではあるが、今すぐ死ぬと決まったわけでなし、さっぱり浮かばないんだな、これが。

 私は今年の四月で還暦になった。二十歳六十は死に旬てなことをいう。縁起でもないが、読者諸賢には念のためにお別れを言っておかねばなるまいと思って書いた。


寒川猫持 (さむかわ・ねこもち)
作家・目医者。1953(昭和28)年、大阪府生まれ。自称うた詠み。故・作家山本夏彦の秘蔵っ子で当代随一の人気うた詠み。溺愛する猫を詠み、自身に起こった悲哀を乾燥した独創的な表現で突き放し、さらに人の哀しみを誘うアンソロジーが多い。著書に『猫とみれんと』(文藝春秋)、『面目ないが』『言うてすまんが』(新潮社)、『苦しい目 楽しい目 人生なんでんかんでん』(講談社)他多数。