「猫のおくやみ、など」    松谷みよ子(児童文学作家)

 ノラという猫がいたのは、もう三十年余も前なのに、忘れがたい。

 ある日、小学生だった娘が学校から帰ってくると、ノラがしっぽを立てて、すまして歩いていくのだという。それならそれで、珍しい光景ではないのだけれど、ノラのあとをオス猫が何匹もついていくので、びっくりした。

「ママ、ノラはもてるんだよ」

 娘は、大いに感心した。

 それからしばらくして、ノラが死んだ。前の日の夜まで元気だったし、娘が学校へいくときもニャアといって見送ったのに、ふと気がついたら、死んでいた。

 ひるすぎ、学校から帰ってきた娘は、ノラを抱きしめ、ずうっとそのままひざにのせたまま、泣いていた。

「だんだん、つめたくなっていくよ。だんだん、からだが かたくなる」

 娘は泣きながら、それでもひざの上に抱きあげ、抱きしめていた。

 ふと気がつくと、庭に、一匹、また一匹、また一匹、つぎつぎとノラのボーイフレンドたちが集まってきた。あちこちにひっそりと坐って、じっと家の中をみつめている。それはまるで、ノラの死をかなしんで、おくやみにきたようだった。

 娘も、猫たちも、夕やみが濃くなるまで、いつまでも坐りつづけていた。



  ペペという猫がいた。蜂蜜色の仔猫で、小学生の娘のいうことならなんでもきいた。あるとき娘が「箱に入っていなさい」といって、小さなお菓子の箱に入れた。

 ペペはずっとその箱にじっと入っていたが、娘が部屋から出ていくと、「あー、ヤレヤレ」というように箱から出てきて、きゅーっとのびをした。すると、廊下に娘の足音がして、部屋に戻ってくる気配である。とたんにペペはとびあがって、箱にとびこみ、目をつぶった。



  これは美保子さんの話である。

 あるとき、美保子さんは、黒と白のゴンベという猫を飼っていた。ゴンベのところへは近所にいるらしいメス猫が遊びにきていた。

 あるとき気がつくと、そのメス猫のおなかが大きい。

「あら、赤ちゃんができたの?」

ときくと、ニャアという。

「生れたらみせてね」

 ところが、、そんなことをいったことも忘れていたのに、そのメス猫が赤ちゃん猫を一匹くわえてきた。

「あら、一匹だけなの?」 というと、次の日、別の子猫連れてきて、また次の日は三匹の子猫を連れてきた。

 それっきり、美保子さんの家に居ついてしまった。ゴンベとその親子猫とで合計六匹である。美保子さんは困ってしまった。

「あのねえ、わるいけど、家じゃそんなに飼えないのよ」

 そういってきかせると、メス猫は一匹だけのこして、姿を消した。その一匹は、黒と白の、ゴンベそっくりで、

「この子はたしかにゴンベの仔よね」

と認知せざるを得なかったという。



 あるとき下の娘がだまって塾を休んだ。夜九時ごろ私が出先から戻って、娘を叱りとばし、娘を連れてあやまりに行った。夜九時ごろである。ふと気がつくと、猫がせっせとそばをあるいている。犬が吠えてももどらない。自動車がきてももどらない。七分ほど離れた先生の家までついてきた。ドアをあけて入り、「申し訳ありません」と頭をさげたら、猫もちゃんと私の足許に坐ってうなだれている。どうやらいっしょに、先生のところにあやまりにきたようである。猫連れであやまっても、どうもサマにならないのだった。


松谷みよ子(まつたに・みよこ) 児童文学作家。1926(大正15)年、東京都生まれ。『びわの実学校』同人。松谷みよ子民話研究室主宰。著書に『龍の子太郎』(講談社・国際アンデルセン賞優良賞)、『モモちゃんとアカネちゃんシリーズ』(全六巻・講談社)、『私のアンネ=フランク』(偕成社・日本児童文学者協会賞)、『現代民話考』(立風書房)、『あの世からのことづて』『とまり木をください』『小説・捨てていく話』(いずれも筑摩書房)など多数。 ほかに「オバケちゃん」シリーズ、『ふたりのイーダ』に始まる「直樹とゆう子」の五部作がある。最近作に『自伝じょうちゃん』(朝日新聞社)。戦争と平和をめぐる作品も多い。