『政治猫「マーゴ」』 田勢康弘(ジャーナリスト)


 テレビ東京で「週刊ニュース新書」というおもに政治中心の報道番組を始めて5年半が過ぎた。番組に最初から関わっているのは30人ばかりのスタッフを含めても、私と猫のマーゴだけである。2歳だったマーゴもいまや中年のオッサンで、可愛らしさはかなり消えたが、かわりにふてぶてしさが出てきた。何しろこのアメリカンショートヘア、ただうろうろしているだけのように見えるが、政界の大物の中にはマーゴファンが多いのである。

 ざっといえば、茶碗のお茶を飲まれてしまった中曽根康弘元首相、番組が終わったあとも撫でていた小沢一郎さん、マーゴに会えるならまた出たいといってはばからない森喜朗元首相。かなり前のことだがこんなことがあった。選挙直前に各党の党首を招いて討論会を開いた時のこと。民主党の鳩山由紀夫代表が猫の名前を聞いて、「マーゴ、マーゴ」と手招きした。それを見ていた自民党の麻生太郎総裁。ドスのきいたしゃがれ声で「猫はねぇ、呼んだって来ねぇんだよ。だから猫なんだ。あんた猫飼ったことねぇんだろう」。鳩山さんは素直に「ハイ!」と答えてそれ以上呼ぶのをやめた。与野党の党首の最大の争点がマーゴだったのである。

 なぜ報道番組に猫がいるのか、あの猫はあなたの飼い猫か。同じ質問をどのくらい受けただろう。「正しいことを静かに主張する」番組にふさわしい雰囲気を作るために、などと説明してきたが、それほどしっかりした動機があるわけでもない。「猫好き?」と聞かれればそのとおりだが、犬も猫とおなじぐらい好きだ。テレビ東京から番組出演の話が来た時、とっさに「猫を出演させたいのですがそれでよければ」と条件?めいたことを言ってしまった。それでタレント猫のマーゴが選ばれたのである。なぜ、猫のことが口をついて出たのか自分でもよくわからない。ただ、きっかけのようなものはある。

 昔、フジテレビだったと思うが夜中に「やっぱり猫が好き」という番組をやっていた。ほとんど欠かさず見ていたし、ビデオになってからもまた全巻見た。3姉妹のたわいもない筋立てのドラマと関係なく猫がウロウロ動きまわるのである。三谷幸喜のデビュー作だと思うが、猫の仕草とドラマのチグハグした空気が好きだった。心のどこかでああいう空気を作り出してみたいと思っていたのかもしれない。3回ほどマーゴが番組を欠席したことがある。その日のゲストが「猫アレルギー」というケースでは出演させられない。自民党の大物議員もいた。

 街を歩いている時や電車の中でいきなりハッとしたような表情で私を指差し「あのあの、猫の番組の……」と言われると、やや力なく笑うしかない。外国で行き違った日本人に言われたこともあったし、銭湯で「見ていますよ」と言われた時には「何を?」と聞き返したくなった。持ち歩く名刺にはマーゴが写っているし、郷里の山形県の町役場にはマーゴが読書している大きなポスターが玄関に張ってある。マーゴはたくさんの歴代のスタッフを猫好きにさせてしまった。ニューヨークへ転勤になった大江麻理子さんも最初はおそるおそる触っていたが、転勤直前の番組の終了後は、かなり長いこと抱きしめていた。いまの番組プロデューサーの女性は完全な犬派だったが、猫も可愛いと思うようになったという。猫は犬ほど擦り寄ってこない。自分のペースを崩さずに嫌なことにはプイと横を向く。

 政治家でマーゴを知らない人は大物とはいえない、というほどたくさんの政治家と共演している。首相だけでも安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦。そのほかにはソニー・ロリンズ、天満敦子、船村徹、クミコ、ビートたけし、細川護煕というすごい顔ぶれと一緒に出た。番組には筆者の名前がついているが、実態は主役はマーゴ、この先も「猫の番組の……」と指差されることが続きそうである。


田勢康弘 (たせ・やすひろ)
ジャーナリスト。1944(昭和19)年、中国黒竜江省生まれ。山形県出身。早稲田大学卒業後、日本経済新聞社で40年間政治記者。早稲田大学教授などを経て、現在「田勢康弘の週刊ニュース新書」キャスター。日中ジャーナリスト会議日本側議長。96年、日本記者クラブ賞受賞。著書に『政治ジャーナリズムの罪と罰』『島倉千代子という人生』等多数。